キズナと蛍の物語 Story
Story 目次
  • ◆#05――救出
  • ◆#06――護衛
  • ◆#07――回収
  • ◆#08――制圧
  • ◆#09――死闘
  • ◆エピローグ
キズナと螢の物語 ストーリー プロローグ
Story 目次
  • ◆プロローグ
  • ◆#2-01 —仮初の襲撃
  • ◆#2-02 —結晶化現象
  • ◆#2-03 —既視感ある強襲
  • ◆#2-04 —監視されている?
  • ◆#2-05 —帰りたくない
  • ◆#2-06 —由故と暴走
  • ◆#2-07 —葛藤、惟う友朋
  • ◆#2-08 —13年前との決別
  • ◆#2-09 —繁殖する恐怖
  • ◆#2-10 —最終決戦
  • ◆エピローグ
キズナと螢の物語 ストーリー プロローグ
前の話
次の話

 PM13:00、遊園地。
 バーベキュー場から、海岸線沿いに北東へ約10キロほどの所に遊園地はあった。

 正義たちが伊集院財閥の作戦用ヘリコプターを降りると、まるで災害地のような空気感が周囲を覆い尽くしていた。
 混乱した人々、それを整理する遊園地のスタッフ、道路にずらりと並ぶ伊集院財閥のチャーターバス。
 偶然居合わせた入場客たちは、恐怖と恐慌に包まれた表情を隠すこともせず、肩掛けや毛布を纏いながら続々とバスに乗り込んでゆく。

 ——その光景は、あまりにも日常からかけ離れていて、あまりに痛々しい。
 到着したばかりの正義・ジャン・友凛愛の3人は、悲痛な表情でその流れを見つめていた。

「あ、いた! 正義!」
 後方からいやに通る声が飛んできて、3人は振り返った。
「明日華。状況は?」
「遊園地内は旧穢神が跋扈してて、大変な状況になってるの!」
 正義の回答はお気に召さなかったらしく、明日華はまくし立てるように返す。
「いま園内は旧穢神たちがのさばっているわ。観覧車を占拠しているエース級がこの場のボスだから、目的は早急に討伐すること。OK?」
 回答に困っている正義に、明日華の説明が容赦なく圧し掛かる。
 混乱している状況だというのに、一言で作戦目標を説明できるあたり、さすがは2歳先輩ということだろうか。
「あ……あ、ああ」
 即答を求める言葉もそうだが、同時にそれが必要な状況であるということが、なおさら正義の回答を鈍らせていた。
「OK! じゃあ、私を助けてね。友凛愛ちゃん、ジャンも、大丈夫?」
 テンポよく進む会話に正義が戸惑っていると、明日華の矛先は他のメンバーに向かう。だが、彼らも慣れたもので、
「うん。いけるよー」
「俺も俺も。楽しそー」
 と、軽い返事を返すのだった。

「改めて、作戦内容を説明するわ」
 国道に面した遊園地のゲートは、子供が好きそうなポップで明るい色合いの看板が掲げられ、「イリュージョンランド」と書かれていた。経営母体は伊集院財閥なので、看板にはコーポレートマークも描かれている。

 その入り口の横に、チケット売り場があった。自動券売機が並んでいるが、この状況なので電源は落とされており、正面のディスプレイには何も映されてはいない。有人窓口も1つあるが、カーテンが閉められており人のいる気配はなかった。
 券売機から道を挟んで反対側には全長10メートルほどの小さな公園があり、待ち合わせ時間を過ごす快適な環境が用意されている。中央にはベンチが円形に配置されたスペースがあり、そこに4人は座りながら話を始めていた。

「私たちの目的は、園内の旧穢神を撃破し、観覧車を占拠するエース級を討伐すること」
 明日華の言葉に、正義たち3人が素直に頷く。
「先ほど、園内の一般人と従業員の避難が完了したと聞いたわ。だから――」
「派手にぶちかましてやれ、って?」
「とにかく目の前の旧穢神を倒しまくればいいってことね。分かった!」
 明日華の言葉を遮って、ジャンが楽しげな口調で茶々を入れる。
 それに便乗して、友凛愛も無駄に元気な声で答えていた。右手をまっすぐ頭上に掲げながら、全ての指をぴんと伸ばして。
「……まあ、間違ってないから別にいっか……」
「明日華、敵の情報は?」
 苦笑する明日華に、正義が助け舟を出した。
「ええ、コモン級が2種類と、エース級が1種類ね」
 明日華はスマートフォン端末の画面を指で叩いてから、その画面をこちらに向ける。
 そこに映し出されているのは、3体の異形の姿だった。

ウエシヒルコ  ひとつめは、「餓エシ蛭子(ウエシヒルコ)」。穢レベル1・コモン級だ。
 紫色のヘドロ状の物体には巨大な口がぽかりと開いている。申し訳程度に触手とおぼしき器官や、何かのできそこないのような物が生えている姿は、まさしく異形のものとしか説明できない。
 彼らは動きこそ遅いが、対象に覆いかぶさって絡め取りその口でまるごと捕食しようとする、不気味な存在だった。

ニエハミ  ふたつめは「贄喰ミ(ニエハミ)」。同じく、穢レベル1・コモン級。
 宙に浮かぶ球体には大きな顎があり、その頭頂部からは緑色の頭髪のようなものがびっしりと生えそろっている。
 穢レベルの高いエース級やジョーカー級が出現する前にはニエハミが現れる事が多く、この個体の担当は「露払い」……つまり「高貴なものを先導する」役目を担っているのではないかと言われている。

「ここまでは別に驚かないが……問題はエース級か」
 正義はコモン級のデータを見終えてから、素直な意見を口にした。

ウネノヒ  最後は、穢レベル2・エース級「畝ノ火(ウネノヒ)」。
 馬のような外見だが、瞳・たてがみに相当する部位が溢れる炎となっており、尻尾も炎の鞭のようになっている。
 古事記では奈良県橿原市にある畝傍山を「畝火」と呼称しており、山のように大きな存在を示す意味を持つ名前である。

「なるほどね」
「コモン級はいけるだろ。問題はエース級か?」
 画面を見ながら顎に手を当てながらうんうんと唸る正義を放って、ジャンが口を開いた。
「そう。ウネノヒは炎を司っているの」
 ジャンの気楽な言葉に、明日華が思いがけず慎重な口調で返す。
「奴の炎は全てを焼き尽くすわ。でも遊園地は機械制御の場所が多く、油圧で制御している場所も少なくない。もし引火して爆発を引き起こしたら……大変なことになる」
 明日華がため息をつきながら、懸念を吐露した。
 遊園地は、場所的に精密機械が多く、炎によって被害が拡大するだろうことは想像ができる。
「……あ、その、別に不安とかじゃないのよ? 私も炎属性だし、一気に畳み掛ければいいし」
 場の微妙な空気を感じ取って、明日華はフォローのように付け加る。正義たちより先輩ということで、このメンバーだと彼女はまとめ役になるのが常だった。
「まとめると。私たちがコモンを抑えながら、明日華ちゃんのサポートをすればいいってこと?」
「うん。その方向でいきましょう」
 友凛愛の雑な意見に、明日華は頷きながら返す。そのやりとりに、全員が納得して頷いた。

「……だが、違和感もある」
 俯きながら不意に呟く正義の声に、全員がはっとなって視線を向けた。
「ねえ正義、理由を詳しく教えて?」
「ああ。まず、ただでさえ客の少ない平日、さらに人が少ない午前。いつも通り旧穢神は気まぐれなんだろうけど、何故このタイミングでこの場所を?」
 そこで正義はやっと視線を周囲に向けて、静かに押し黙っていた。
「……もしかして、正義が初めて覚醒した”あの時”のこと気にしてる?」
「そうだ! あの時、旧穢神は明らかに徒党を組んで行軍してた。それを思い出していた」
 いつになく神妙な明日華の質問に、正義は身を乗り出して返す。
「確かに……でも、今回は大丈夫だと思うよ」
 そんな彼をなだめるかのように、明日華は落ち着いた声で、ゆっくりと、伝えるための言葉で答える。
「まずひとつめ……今回は穢門(ゲート)が出現していないもん。凶悪な旧穢神が出現する時は、ほぼ間違いなくゲートが出現する」
 明日華が言うのを、正義は動かず見つめていた。それを気にせず明日華は続ける。
「ふたつめ。あの時はジーニーが本部のデータベースのアクセス権限がなかったから、私たちは情報を持っていなかった。でも、今は違う。だから、もし何か危険が予想されるなら、とっくに連絡が来てるはず」
 ジーニーというのは、彼らと同じ支部で活躍するグロウリーである”ジーニー・シュルツ”のことだ。彼は天才の名に恥じない知能派グロウリーで、これまでも何度も仲間をフォローしてくれていた。問題は、計算式を解くことを至上の快感とする変態であることだったが、彼が有能には違いないのでその辺りはあえて触れない。

「最後に、みっつめ。……私たち、もうあの頃の私たちじゃないよ。いっぱい、強くなったから」
 うふふっ、とアイドルスマイルで微笑む明日華に、正義は一瞬ぼんやりとしていたが、
「……敵わないなあ」
 と、ぼやくようにぎこちない微笑みを返した。
 それでふっと緊張が解けて、周囲の空気が柔らかくなるのを、正義は感じていた。
「ったく、正義はたまに慎重になりすぎるのよ。もっと先輩を信じなさい!」
「……はい、はい」
 腰に両手を当てながら大袈裟に胸を張って言い切る明日華に、正義は照れ笑いのような、あしらうような、複雑な返事を返した。

「じゃあ、始めるわよ」
 明日華が立ち上がりながら促して、遊園地のゲートへ歩きだす。それに正義も立ち上がり、ジャンと友凛愛もついていった。
「私が中央突破するから、ジャンはその後からついてきて。正義と友凛愛ちゃんは、進路の左右を制圧しつつ観覧車まで進んで」
 明日華は歩きながら作戦を伝えた。それから手首のバンドを軽く引っ張って、位置を調整してやる。
「ウネノヒを発見したら、一旦集合ね」
 振り返らずに言う明日華に、3人は頷いた。
「じゃあ――入るわよ!」

 入り口ゲートをくぐってすぐ。そこはもう別世界と形容しても良かった。
 遊園地の内部は全てのアトラクションが停止しており、動いているのは無軌道に蠢く旧穢神のみ。
 一般人も従業員も全てが避難した人工物に囲まれた場所は、混沌とした空気を放っており異様な雰囲気を醸し出していた。

「うっわ、空気わるっ……」
 友凛愛が愛用のフォークとナイフを取り出しながら、顔をしかめつつ呟いた。
「ほんと……喉に悪そう」
「マスクしてきたら良かったぜ」
 明日華に続いてジャンも、口々に呟いた。
「……数が多いな」
 正義が辺りを見回しながら腰の刀に手を当てつつ、素直な言葉を呟いた。
「……正義、大丈夫?」
「え?」
 不意な明日華の言葉に、正義はきょとんとした顔で見つめ返してしまった。
「今日はなんだか慎重すぎる。何かあったの?」
「え……なんだろう。剣士の勘ってやつかな……どうも、ずっと違和感を感じてる」
「ほんっと正義は根暗だよなー」
 ジャンの茶々に失笑を返してから、正義は改めて明日華の顔へ向き直る。
「心配かけるつもりはない。でも、いい予感がしないんだ」
「明日華ちゃんの歌声聞いたら治るよっ! 元気もらえるよ!」
 友凛愛の無駄なフォローを気にせず、正義はゆっくりと口を開く。
「……いや、悪い。この話は終わりにしよう。集中してない俺が悪い」
 ため息混じりの言葉に誰も何も答えられないでいると、
「……ほら、集まってきたぞ」
 と、正義は剣の柄を握りしめながら、続けた。

「ウエシヒルコ7体、ニエハミ5体! 私とジャンが正面から行くから、2人は残りをお願い!」
 言って明日華は腰のポーチから愛用のマイクを取り出す。ジャンもネットから取り出したボールをリフティングしながら、前方に走り出した。
「さて、いくわよ! せーのっ……」
 明日華が軽く腰を落として、正面の旧穢神を見据えながら、大きく息を吐いた。
「届け! 私の歌ぁ!」
 ごっ、と空気の流れが変わった。明日華が発した声は周囲の空気をびりびりと震えさせ、旧穢神目掛けて飛び交う。正面からそれを受けたウエシヒルコ2体は、突然弾かれたかと思うとぼっと燃え上がり、すぐに紫の煙になって四散した。
「さすが! 俺も頑張らねーとな!」
 ジャンも大きく足を振り上げて、ボールをニエハミに叩き込む。その衝撃に耐えられるはずもなく、ボールは紫の煙を貫通してから背後の壁に叩き込まれ、まるで操作されているかのようにジャンの足元に戻る。
「極意居合術、其の壱。雲切之剣(くもきりのけん)!」
「フォークさん、スプーンさん! いけー!」
 その後ろで正義と友凛愛の攻撃が続く。ウエシヒルコとニエハミが1体ずつ、煙と化した。
 だが旧穢神たちは、数体倒されたぐらいでは動じることはなく、じわじわと近づいてくる。
「数が多い! 明日華にキズナを集めろ!」
 正義が言って、刀を握る手を自分の胸に押し当てた。
「キズナを!」
 正義の周囲にゆっくりと燐光が発生し始めると、構えた友凛愛からもキズナが発生し始めた。その燐光はぐっと明日華に向かって飛び交い、その周囲を漂い始める。
「応援ありがと! 私は負けない、くじけない! ――いけっ!」
 明日華の声が響いたかと思うと、4体のウエシヒルコと3体のニエハミが、煙になっていた。
「明日華ちゃん、さすが!」
「そんなことないわ、友凛愛たちのキズナのお陰よ!」
 友凛愛が言うのに明日華はアイドルスマイルで返すと、
「これで入り口は制圧完了。このまま撃破を続けながら観覧車へ向かって、ウネノヒを抑えましょ!」
 と、駆け出しながら続けた。

 眼前にそびえる観覧車は、この遊園地の自慢のひとつであった。全長66メートルの高さは県内最大であり、日本海側最大級。開園から今まで、県内外から観光客が訪れる人気スポット。
 その中でも面白いのが、全13色のゴンドラのエピソード。
 乗るゴンドラの色によって運気が上がると言われており、赤色なら情熱、桃色なら恋愛というように、それぞれの色によって効果が違うと言われている。
 その中でも40基のうちわずか1基の金色のゴンドラは、幸せな未来を司ると言われており、大人気のゴンドラだったのだが——。

「……それが1番高い所に止まっていて、ウネノヒが占拠してるのね」
 友凛愛は疲れのせいかしゃがみこみ、それでも顔を上げて観覧車を見上げながら、呟くように言った。
「ねえ、どうしたらいいと思う? 高い所にいるウネノヒは逃げ場がないから追い詰めやすい。でも、それは私たちも同じ。空を飛べるわけじゃないから、もし落下でもしたら――」
 明日華はそこまで言ってから、握った拳を胸の高さにまで上げて、「ばーん」とおどけて言いながら、指を広げた。
「……かといって、下に降りてきた所を狙うなんて、合図をしてから攻撃をするようなものだ……困ったな」
 正義は右手を顎に当てながら首をかしげつつ、答える。

「俺、頑張ったら飛べるかも」
「「「……はあぁっ!?」」」

 ジャンがしれっと言うのに、3人が思わずハモってしまう。
「いや、実際は飛べるわけじゃねーんだけど。地面にボールをぶつけて、それを自分に跳ね返らせれば、ボールを受けた勢いで一時的に飛ぶことぐらいはできる」
「……あのな、『跳べる』と『飛べる』の違いが伝わってない気がする。言ってること無茶苦茶だぞ」
「ま、そーなんだけど。とにかく俺は、このボールさえあれば、落ちても大丈夫だぜ」
 あまりにも滑稽な話に、正義は苦笑を返すしかなかった。
「なるほど! 私も攻撃する時にスプーンさんとフォークさん飛ばすから、それに捕まれば少しくらいは飛べそう」
「……友凛愛まで」
 正義が口をぽかりと空けながら、漏れたような声で幼馴染みの名を呼ぶ。
「……明日華はどう思う?」
 なので、助け舟を求めて明日華に話を振ることにする。
「え? ……まあ、ジャンも友凛愛も短距離なら跳べそう。でもジャン、ボールを直撃させるのって痛くない?」
「スポーツじゃトラブルや怪我なんて日常茶飯事だし、大丈夫」
 まったく噛み合わない会話に、正義は大袈裟にため息をついてみた。
「ちなみに、明日華も飛べるのか?」
「ううん、私は無理だと思う。私の超能力は、あくまで自分の声の周波数を変えるものだから。例えば、攻撃する時は超音波振動と温熱効果を増幅して熱ダメージを与えるし、キズナスキルでみんなを強化できるのは、超音波治療の応用だし」
「……便利な超能力だな」
「そう? あと、眼鏡を綺麗にしたりもできるよ。ほら、眼鏡屋さんの前によくある、水に眼鏡を入れたら綺麗になる機械あるじゃない。あれ」
「……それ誰得?」
「うーん……ジーニーの眼鏡を綺麗にしてあげたりとか?」
 思わず聞き返す正義に、明日華はいらぬ情報をくれる。

「まあとにかく、上に上がった所に一斉攻撃を仕掛けて、逃げられないうちに撃破……というのが早く決着がつきそう。どう思う?」
「いんじゃね? 俺、観覧車乗りたいし」
「私も! きれいな景色見たい」
 明日華の提案に、ジャンと友凛愛が緊張感のない回答を返す。それに明日華は苦笑してから、
「ありがと。じゃあ、私も登って指揮するわ。正義は、もし逃げ出した場合のために地上で待機。これでいきましょ」
 と言うその言葉に、全員が強く頷いた。

「でっけえアスレチックジムみたいだな!」
 先頭で登るジャンが、急に無邪気なことを言い出した。
「ほんと、高くて楽しいよねー!」
 それに続いて二番目に登る友凛愛が答える。
 3人はすでに観覧車中心の回転軸を超えて、黄金のゴンドラに向けた垂直のはしごを登り続けていた。
 命綱もない状態で、ほぼ外へむき出しの緊急用はしごを登りながらそんなことが言えるのだから、非常にお気楽な2人だ。
「……いま、地上から約40メートルほどかな」
 支柱に取り付けられたはしごをしんがりで登りながら、明日華は呟いた。
「スカートだし、あんま高い所登りたくないなー」
「下にスパッツ履いてんだし、大丈夫じゃん? それに、人がいないし誰も見てねーよ」
「まあそうだけど……」
 明日華の口から思わず漏れる愚痴に、ジャンが答えてくれた。
 だけど、どうせ彼には複雑な乙女心など分からないだろうと明日華は結論づけてから、地上から見上げてる豆粒ほどに小さい正義にちらりと視線を向けた。それから、小さなため息をつく。
「まあいいわ。そろそろ向こうもこちらに気づくはず。気を抜かないでね。気づかれたら、私が先に攻撃する。怯んだ隙に、2人が一気に畳み掛けてね」
「分かった!」
「了解だぜ!」
 明日華はいつでも最高の声を出せるように、ゆっくりと息を整え始める。一歩一歩、はしごを登る歩みに合わせて、全身に適度な緊張感を流し込んでゆく。

 ――この感覚は、ライブ直前の空気に似ている。
 ステージを埋め尽くすファンたちのざわめき。参加するメンバーたちに走る緊迫感。唾液では満たされない喉の渇き。
 そして——内部から沸き起こる、炎のような激情が首をもたげる感覚。

「——来たっ!!!」
 金色のゴンドラの窓ガラスが激しく弾け飛ぶのと、明日華の叫びは同時だった。
「ガラスの破片ごと吹き飛ばす! 届け、私の歌っ!!」
 ごうっ、とまるで突風が通り抜けたような音が響く。それと同時に、三人に降り注ぐガラスの雨は一瞬で吹き飛ばされる。
 その先でこちらに飛びかかろうとしていたウネノヒに声が直撃し、その衝撃で動きが止まる。
「ジャン! キズナ受け取って!」
 友凛愛がスプーンとフォークを周囲に漂わせながら、燐光を発生させる。
「おうよ! まずは一発目!」
 ジャンはその周囲にキズナを纏いながら、支柱のはしごに左足先を差し入れて固定する。そのまま支柱に対して垂直に立ち上がって、右足を振り上げるとボールを蹴りこんだ。
 ボールは勢いよくウネノヒに向かい、どっ、と肉を打つ音を発しながらその胴体に叩き込まれた。

 ――ここまで、わずか2秒。

 短時間の速攻でウネノヒは完全に勢いを殺されて、空中で動きを止めたままだ。
「あっちは飛べんだな、ずりーなー。俺、ゴンドラに登るわ。やっぱ足場が下に無いと、シュート打ちにくい」
「そうだね。……はい、ボール」
 ジャンは登りながら、友凛愛のスプーンが回収してくれたボールを受け取る。
「Grazie! 先に行くぞ!」
 言うが早いか、ジャンは支柱を駆け上ってゆく。それに友凛愛が続いた。
「ジャン! 友凛愛ちゃん! 気をつけてね!」
 その二人の背中に、明日華は声をかける。
 相手の先制攻撃はうまく抑えられたが、向こうもまだ本気は出していないはずだ。調子に乗って勢いで攻め上がると、思わぬ反撃を受けるかもしれない。
「もちろん!」
 ジャンは言いながら、金色のゴンドラに飛び移る。ちょうど、飛び出したウネノヒの背後に回り込む形になる。
 友凛愛もはしごを登り、ウネノヒの側面に位置する。

「こっちに気を引く! ……届ける、私の歌を!!」
 明日華の声が飛んだ。それは正確にウネノヒを捉え、その体を直撃する。ウネノヒは呻きとも雑音とも言えない声を発して、その瞳で明日華を睨みつけた。
「よそ見してると、あっぶねーぜ!!」
 ゴンドラに乗り込んだジャンが、右足を振り上げていた。鋭い勢いで振り下ろしたその足を、床に置いたボール目掛けて叩き込む。勢い良く降り抜かれた足から放たれた弾丸は、明日華に気を取られているウネノヒの後頭部目掛けて一直線に襲いかかる。
「鬼さん! こーちらっ!」
 友凛愛の両手から放たれたフォークとスプーンは、気づけば全長30センチほどまで大きくなり、空気を切り裂いて一直線にウネノヒに向かう。
「いっけぇ!!」
 ジャンの声と同時に、ボールが炸裂する破裂音と、刃物が肉に突き刺さる鈍い音が響いた。

「ガ……グ……!」
 ウネノヒの呻きが響く。後方と側面から同時に攻撃を喰らい、眉をひそめて睨みつける。

 ——明日華の方に。

「はぁっ!?」
 明日華の反応が遅れた。
 今の流れで、ジャンか友凛愛に気を取られると想定していた。だが、手負いの獣はそうしなかった。
 先程、先制攻撃を与えたこともそうだが、作戦を指揮しているのは明日華だと本能的に理解していたのだ。

 一瞬わずかに油断した明日華を狙って、ウネノヒは弾かれるように飛びかかった。
「明日華ちゃん!!」
 友凛愛の声と同時に、ごつっ、と骨と骨がぶつかる音が響き渡る。

 この悪い足場で攻撃をかわす術はなく、明日華はウネノヒの突進を正面から受け止めた。
 左の胸から脇腹にかけて、大きな胴体に速度の乗った突進が直撃する。

 強い衝撃を受けた肋骨と内臓に衝撃が伝わり、筋繊維が千切れるぶちぶちとした痛みが全身を貫く。
 急激に揺さぶられた脳は視界にフラッシュを見せ、一瞬意識が途切れかける。
 逆流する胃酸のざわめきを抑えようと思わず歯をくいしばる。

 はしごを掴む握力は脆く、全身を持っていかれる衝撃にあえなく指はほどかれる。
 踏ん張っていたはずの足ははしごから押し出され、支えのなくなった体は空に放り出される。

(——!)

 明日華の体は、宙に放り出された。
 足場のない、地表から60メートルの世界に。

「待って、待って。待って待って」

 自分でも何故そんな言葉を発したのか分からない。ただ明日華は喉を押し上げる言葉をそのまま発した。

 ――死んでしまう。
 地面に叩きつけられて。

「明日華ぁ!!」
「明日華ちゃん!!」

 ジャンと友凛愛の声が聞こえる。だがそれは非常に不確かで、この世ではないどこかから響いているように聞こえる。

「私はアイドルになりたい。そして、強いグロウリーになりたい——」

 スローモーションで自分の体が少しずつ重力に従っている感覚を感じながら、明日華は呟いた。
 もちろん、何かを考えているわけではなく、ただ浮かんだ何かを言葉にした。

 それ以上の意味はない。

『——明日華がいると、みんな元気をもらえる。自慢の娘よ』

 お母さん。

『明日華がいるから、俺たちは頑張れるんだよ。だから、これからもそのままの輝きを忘れないで欲しい』

 お父さん。

 ——私は、どうしてアイドルを目指したんだっけ?
 どうして、グロウリーになったんだっけ——?

 3年前。
 父親の勤める会社から、父親が倒れたという電話が入った。母親に連れられて病院に駆けつけたが、意外にも父は笑顔で迎えてくれた。
 ベッドに寝かされたその体は、鼻や口に取り付けられたチューブと、それに繋がる機械がベッドの周りに置かれている。そんな父親は、お世辞にも元気そうには見えなかった。
 明日華は、「もしかしたら、父親がいなくなってしまうかもしれない」という、起こる保証はないが、しかし起こるかもしれない事実に恐怖した。

 ——だが、父親は笑顔で言ったのだ。

「来てくれてありがとう。急にすまんな。何、大したことはない。少し休めば、すぐ元気になる」
「——お父さん」
 そこまで言ってから、明日華は二の句を失った。
 この状態で、どうして。私たちを気遣う余裕なんてないはずなのに。

 どうして。

 ——どうして。

 ……私はできることをやるしかない。どうすれば?
 私は、どうすればいい?

「——決まってる」

 明日華は落下しながら。
 しかし、強い意志をこめた言葉を発しながら。

「私は決めた。全てを応援するって!!」

 ぽぅ、と明日華の全身から燐光が浮かび始める。
 その光は彼女の体を包み込み、愛を表現するかのようにその周囲を漂い始める——。

「!? 明日華ちゃん、この状況で覚醒した……!」
 友凛愛の言葉が、響く。

「私は決めたの! 全ての人を、応援するって! だから——」

 ぱあっ、と明日華から光が放たれる。緑色を帯びたキズナの光。
 それが彼女の体を覆っていた。

「——私は、戦うっ!」

 ごう、と突風が吹いた。
 風のそれではなく、明日華の中から発せられる炎が空気を動かし、生まれる熱風が辺りを包み込む。
 そして、覚醒した瞬間に放たれる、グロウリーとしての力の解放。
 それが明日華を覆っていた。

「ジャン! 地面にボールをぶつけて、私の体を跳ねあげて!」
 重力に従い落下しながら、明日華は叫んだ。
 ジャンは迷わず、ボールを地面目掛けて蹴り込む。
「友凛愛ちゃん! ウネノヒの注意を引いて!」
 言うが早いか、友凛愛はその手を眼前に突き出し、フォークとスプーンをウネノヒに向けて飛ばす。

「受け取れ!」
 60メートル下の地面に叩き込まれても、ジャンのボールは勢いを衰えない。
 次の瞬間に、地面から跳ねあげられたボールは、明日華の背中に突き刺さった。

「——!!」

 内臓を揺さぶる衝撃。全身を貫く勢い。
 その反動で上へと放り上げられた明日華は——ウネノヒの眼前まで跳ね上がる。

「——覚悟してね」

 優しい言葉とはうらはらに、ウネノヒを睨みつける明日華。
 その眼光はまっすぐで、大胆不敵で、そして——強い。

「近距離でくらうと、ただじゃ済まないよね。ゴメンね」
 明日華はいつものアイドルスマイルを浮かべてから、その右手を伸ばす。それは友凛愛に気を取られていたウネノヒの頭部を確実に捉え、頭蓋を鷲掴みにする。
 たてがみの炎がその白い肌をちりちりと焼くが、今の明日華にその熱さは届かない。

「直接、届ける。私の歌を——」

 右手に力をこめ、ぐっと引き寄せる。
 ウネノヒの耳にぐっと頭を近づけたかと思うと——。

「……響け、私の歌! 届け、私のハート!!」

 歌声が放たれた瞬間。
 空気が硬直した。

「あれは……明日華の持ち歌?」
「明日華ちゃんの持ち歌……『キミならできるcan do it!』だ!」
 ジャンと友凛愛は思わず叫んでいた。
 web配信で公開され、100万再生回数を誇る明日華の持ち歌。そのAメロが、歌われ始めていた。

♪日々の挨拶にドキドキしてる
キミは解ってないでしょ
これでいい気も時々するの
意味はありそで無い道化(ピエロ)

 明日華の歌声が、遊園地に響き渡る。
 生声とは思えないほどの声量。超能力で増幅された声の力強さが、響き渡ってゆく。

♪本当に話したいコト話せない
心から届けたい音、情けない
でも、陽はまた私を照らす!

 耳元でその声を受け取るウネノヒは、目を見開いたまま動かなかった。
 ファンならば、間近でその声を聞いたことによる感動でそうなるのは分かる。
 だが、ウネノヒはその反応ではなかった。ぶるぶるとわずかに全身を震わせながら、頭を掴まれたままで、身動きが取れなかった。その体がびくっ、と一瞬震えると、その四肢をぴんと伸ばす。

「超音波振動と温熱効果を直接……!」
 友凛愛が思わず言葉を漏らした。明日華の声が放つ振動と熱エネルギーが、直接ウネノヒの脳に叩き込まれている。
 それが何を意味するかは、友凛愛たちにはよく分かっていた。
「……えっぐいな……」
 ジャンが失笑混じりに、そう呟いていた。

♪can do it! キミならできる
Good luck! ちいさなデイズ
明日も輝くステージ目指して!

「ギ……ギィ……!!!!」
 ウネノヒが言葉にならない呻きを漏らして、身震いした。
 近距離で脳に直接超音波を叩き込まれて、無事なはずがあるはずはない。

♪can do it! キミならできる
Break a leg! 生き様フェイク
覚悟できてる、ブレーキ壊して!

 サビを歌い切って、静寂の時間が訪れる。全ての時間は止まったままだ。
 明日華は瞳を閉じてゆっくりと息を吐くが、ウネノヒは相変わらず動きを止めたまま。
 これから何かが動き、何かが始まるのか。それを待つための時間がただ過ぎていった。

「——私は、旧穢神に別に恨みがあるわけじゃない。でも、私が応援する人たちの邪魔をするのは、絶対に許さない。だって……」
 明日華の手が緩んで、ウネノヒの体が放たれる。

「あんたたちより、私の熱の方が強いからねっ!!」

 重力に従い、ゆっくりと落下を始める明日華と、ウネノヒ。
 それを追いかけるように、明日華の声が響いた。
「……ギ……グ……」
 ウネノヒは呻きを漏らすと、力なく落下を始めていた。

「友凛愛ちゃん!」
 その言葉で友凛愛は我に返り、スプーンを明日華に飛ばす。先程までウネノヒを掴んでいた右手がそれを掴むと、友凛愛のもとへ引き戻されてはしごを掴んだ。
 ウネノヒの体は、ゆっくりと自然の摂理に従い、地面へと向けて落下し始めていた。

「正義!」
「……解ってる」

 ウネノヒが地面へ向かって落下したところを待ち受けていたのは正義だ。
 地面に落下するのが先か、居合の一閃が先か。
 とにかくその体が地面に落ちて激しい土埃をまき上げるとほぼ同時に、その色を紫色に変えてゆき、やがて紫の煙が立ちのぼって広がっていった。

「おい明日華、大丈夫かよ!?」
 はしごを降りながら、ジャンが切り出した。
「うん。大丈夫に決まってるじゃん」
 明日華は、はしごから地面にぴょんと飛び降りながら、いつものスマイルで返す。

(……って、そんなわけないけど)

 ウネノヒの突進を受け止めた後に、ジャンのあの強力なシュートをまともに受けたのだ。ダメージがないはずはない。
 地面に落下するよりはマシとはいえ、明日華は全身がぎしぎしと悲鳴をあげているのを感じていた。

「……とにかく、みんなのお陰でウネノヒを倒せた。ありがとうね」
 明日華の言葉に、ジャンと友凛愛は驚いた表情を返す。
「いや明日華、俺のシュート直撃してんだろ」
「そうだよ! 大丈夫なわけないじゃん!」
 ジャンと友凛愛が驚きをそのまま言葉にするのを、明日華は思わず見返してしまった。

(あれ? 隠しきれてない?)

「明日華……今はとにかく、支部に戻って休め」
 後ろから、ぽん、と肩を叩きながら、正義は言う。
「お前はいつも頑張りすぎなんだよ。俺たち仲間なんだから、もっと頼っていいんだからな」
「……」
 正義の言葉に、明日華はぽかんとした顔を見せてから口をわずかにぱくつかせる。それからはっとなって顔を左右に振ると、
「……正義も言うようになったよね。でもスーパーアイドル明日華ちゃんは、そんなに脆くないんだから。……さっ、帰ろう」
 紅潮した頰を見られたくなくて、明日華は踵を返しながら言った。

(――あの時の父さんの気持ち、今なら少し分かる……)

 明日華は、気を抜くとにんまりとほころんでしまう頰を、手の甲で軽くこすって。
 それからゆっくりと、遊園地の入り口に向かって歩き始めた。

「明日華、大丈夫かな」
 医療室を出てすぐ、正義は友凛愛に向かって漏らすように呟いた。
 確かに明日華のことは心配だが、自責の念もあるだろう。とはいえ、自分が心配して凹んでいたら早く治るのかというと、そんなはずはない。
 正義はその罪悪感から、どうして良いのか分からなくなっていた。
「明日華ちゃんなら、大丈夫だよ。根拠はないけど!」
 友凛愛はそれをすぐに察したのだろう。
 だからこそ、あえて笑顔で明るい言葉を使ったのだろうことは、想像がついた。

(……こういう所に、俺は救われてるんだろうな)

「ねえ、私おなか減っちゃった。食堂行かない?」
「あ、ああ」
「食べれる時に食べておかないとね。またいつ出撃要請が出るか分からないし」
「……そうだな」
 正義も少し落ち着いたらしく、先を歩く友凛愛を追いかけるように、歩みを早めた。

 支部に戻ってすぐ、明日華は医務室に運び込まれた。
 骨に異常はなかったが、全身打撲で療養が必要と診断された。ジャンは責任を感じてか、しばらく付き添うと言い出して医務室に残ることになった。

「あれ? 友凛愛ちゃ〜ん!」
 正義と友凛愛がトレイに食事を乗せて席に座ってすぐ、隣のテーブルから明るく呑気な女性の声が呼んだ。
「え? あ、ヘレちゃん! 久しぶりだね!」
「ほんとほんと〜! 最近同じ作戦に出てなかったもんね!」
 手を取り合ってきゃっきゃと笑う二人を見ながら、正義は思わず釣られて笑顔になっている自分に気づく。ヘレは世界一幸福度の高い国と言われるデンマークが母国だからか、いつも笑顔を絶やさない明るさを持っているのを、よく知っていた。

 ヘレと呼ばれた彼女は、パーマがかった栗色の髪を耳の下ほどに切り揃え、その細い耳たぶからは青い球状のピアスが吊り下げられていた。上には幾重にも重なる布で作られたキャミソールを着ており、下にはデニム柄のハイウエストなワイドパンツを履いている。厚底のサンダルが細身の彼女をより高く見せ、元々スリムな全身をよりスレンダーに見せていた。
 また、正義たちより1歳年上のせいか面倒見もよく、頼れる先輩の一人だった。

「セッポは?」
「うん、いまリゾット取りに行ったとこ〜。あ、来た」
 ヘレは正義たちのテーブルにいそいそと移りながら、友凛愛の言葉に答えつつ奥を促す。
 そこには、1人の少年がトレイに器を乗せて、こちらに歩いて来ている最中だった。

 彼は濃緑色で膝上丈のパンツを履いて、サスペンダーで釣り上げていた。上半身は透明さを感じさせる白色のシャツを着て、首には細いリボンを巻いている。
 特徴的なのはその左腕で、かつては「ハンドヘルドコンピューター」と呼ばれていたモバイルパソコンが装着されている。指先の空いた黒い革手袋を含めて、分かる人には分かる少しマニアックなファッションだと言えた。
 彼は両親の仕事の都合で日本に移住してきたフィンランド人だ。まだ13歳と正義たちより2歳年下で、同じヨーロッパ圏の出身だからかヘレと一緒に行動していることが多い。

 とはいえ……

「セッポ〜! こっち〜!」
「やめろ、恥ずかしい」

 ……と、ヘレが一方的に絡んでくるのをセッポが怪訝に扱うような関係性であったが、本人たちはそれが普通なようだった……。

 ヘレが大げさに両手をかざして頭上でぶんぶんと左右に振るのに、セッポは小さくため息をついて、視線を逸らした。
 それからテーブルにトレイを置くと、ヘレの隣に座る。
「も〜セッポは、恥ずかしがりなんだから〜!」
「いや、そうじゃなくて。お前が恥ずかしいんだ」
 セッポは無愛想に返すと、トレイに乗ったリゾットの皿にスプーンを差し入れて、口に運び始めた。

「そういえば、出撃どうだった?」
 不意にヘレが向き直り、向かいに座る正義と友凛愛に切り出す。この辺りの会話の切り替えの速さはさすがだ。悪く言えば流れをぶった斬るとも言う。
「うまくいったんだけど、明日華ちゃんが怪我しちゃって」
「えっ!? 大丈夫〜?」
 友凛愛が答えると、ヘレは大袈裟に驚いて、右手の指をぴんと伸ばした掌を口に当てる。
「ああ、ジャンもついてるし大丈夫だと思う」
 それに正義が静かに答えた。
「あら、さすが色男〜! セッポもそういうことした方がいいと思うよ、うん」
「関係のない話題で僕を巻き込むな」
 楽しそうなヘレの言葉に、セッポは咀嚼したリゾットを飲み込んでから、視線も向けずに言う。
「まあそれはさておき、朝の出撃から続けてだったけど〜、大丈夫?」
 その答えを気にせず、ヘレが次の話題を問いかける。
 ちなみにヘレは、ふわっとした天使のようなビジュアルに反して、あまりに致命的かつ絶望的な空気の読めなさに、通称「K(空気)Y(読めない)天使」と呼ばれていることを、本人は知らない。

「うん……まあそれより、ちょっと気になることがあって」
 友凛愛が答えて、ズボンのポケットに手を入れる。3ミリほどの小さな紫がかった結晶を取り出して、テーブルに置いた。
 それを正義とヘレがまじまじと見つめてから、友凛愛に視線を戻す。
「これなに〜?」
 ヘレが素直に切り出す。確かに、これだけで何かを答えられるだけの情報量はない。
「ジャンがアハナチを倒した時、そこに落ちてたんだよね。なんとなく気になって、拾ってきちゃったんだけど」

「……構造としてはエレスチャル水晶だな」
 急にセッポが会話に割り込んできた。どうやら彼の好奇心を刺激したらしく、見守る面々をよそに左腕のモバイルPCのディスプレイを開くと、様々な角度から撮影を始める。
「ねえ、エレスなんとかって何?」
「骸晶のなかでも、内側より外側が先に層状に成長したものを言う――照合完了。アメジストに似ているが紫色がずっと深い。この紫……似ている」
「なに? もったいぶらないで教えてよ〜」
 真面目に言うセッポに対して、ヘレが素直に質問攻めを浴びせる。
「お前ほんと空気読めよ。せっかく真面目な話しているのに」
「ヘレはいつも真面目だよ。それで?」
 それにセッポはわざと大きくため息をして見せて、
「旧穢神が消滅する時の、煙の色」
 と、静かに続けた。

「……ああ、確かに似ている。黒に近く、生理的な嫌悪感を引き出すような、紫色……」
 その言葉に納得して、正義は思わず口に出していた。
「とにかく、すぐに研究班に預けて解析を依頼した方がいい。何か分かるかもしれない」
 セッポが強い口調で言った。13歳の若さとはいえ一人前のグロウリーである彼の、任務を全うするための意見だった。
「うん、ありがとう。じゃあ、研究班に寄って――」
「――急いだ方がいいかもしれない」
 友凛愛の声に割り込んで、正義が言った。
 言いながらテーブルに乗せられた携帯端末は、そのディスプレイに「緊急出撃」の文字を映し出している。
「あれ? ヘレたちもだ〜」
 言ってヘレも携帯端末の画面をこちらに見せる。その横で、セッポも端末をテーブルの上に放り出す。その画面には正義の端末と同じく、緊急出撃の文字が映し出されていた。
「……正義、行こう。ヘレちゃんもセッポもよろしくね!」
 立ち上がりながら紫の水晶を鷲掴み、友凛愛は言った。
「私、研究班に寄ってから向かうね!」
 言うが早いか、友凛愛は駆け出していた。

 正義はそれを見送ってから、ヘレとセッポに視線を向ける。
「とにかく、行こう。作戦用ヘリに飛び乗れば、それですぐに片付くはずさ」
 正義は明るく言ったつもりだったが、その瞳は見えない何かを、見据えるような真剣さを帯びていた。

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