キズナと蛍の物語 Story
Story 目次
  • ◆#05――救出
  • ◆#06――護衛
  • ◆#07――回収
  • ◆#08――制圧
  • ◆#09――死闘
  • ◆エピローグ
キズナと螢の物語 ストーリー プロローグ
Story 目次
  • ◆プロローグ
  • ◆#2-01 —仮初の襲撃
  • ◆#2-02 —結晶化現象
  • ◆#2-03 —既視感ある強襲
  • ◆#2-04 —監視されている?
  • ◆#2-05 —帰りたくない
  • ◆#2-06 —由故と暴走
  • ◆#2-07 —葛藤、惟う友朋
  • ◆#2-08 —13年前との決別
  • ◆#2-09 —繁殖する恐怖
  • ◆#2-10 —最終決戦
  • ◆エピローグ
キズナと螢の物語 ストーリー プロローグ
前の話
次の話

 PM15:00、スタジアム。
 T県の中央よりやや北東に位置する、全天候型ドームスタジアム「市民球場頓山スタジアム」。フットボール競技場と競走用トラックを組み合わせた、スタンダードな楕円形のスタジアムだ。
 県内初のドーム型スタジアムということで、総工費数億円をかけた巨大プロジェクトであり、5年前のオープニングセレモニーでは市長を始めとした様々な人々がゲストとして参加し、盛大なお祝いをしたのは記憶に新しかった。

 頓山駅前の支部から伊集院財閥の作戦用ヘリで北東へ4キロほど、移動はものの数分だった。
「……」
 地表を見下ろす正義は、その光景になんと言葉を紡げば良いかが分からなかった。
 巨大で白いドーム屋根は一部がへこみかけており、入場口からまばらに人影が飛び出している。あちこちから黒煙が立ち上っており、内部で火災が発生しているだろうことは想像がついた。
 入口から少し離れた所にバスロータリーがあり、そこに多数停められた伊集院財閥のチャーターバスに、どんどん駆け込んでいた。
 動いているのは一般人だけでない。小さな頭部らしきものから4本の足が生えた、旧穢神の姿も確認されていた。

エキマキ 「あれは……穢レベル1、コモン級の”疫撒(エキマキ)”だ。脳みそみたいなものから4本の足が生えていて、小さい胴体も無駄に生えている」
 正義の隣に座るセッポが、モバイルPCの画面を見ながら言った。
「エキマキかぁ……また面倒なのが出てきたね」
 セッポの言葉に気付いて、友凛愛も会話に入ってくる。
「別に強いわけじゃないけど、正体不明の感染症をばらまくんでしょ?」
「ああ、そうだ。感染例は非常に珍しいが、感染すると1週間で意識を失い、その後全身の細胞が水晶のように硬質化し始め、1ヶ月ぐらいで死に至るらしい」
 セッポは友凛愛の方を振り向くこともなく、PCの画面を見ながら淡々と答えた。
 正義が、不意に大きなため息をついた。


 ……死……か。

 母親の死は今でも心の奥に深い傷跡を残してはいるが、頭のどこかで現実感を感じておらず、今日家に帰ったら「おかえり」と言ってくるのではないか。根拠の無い空想が気を抜くと湧き出てくる事実に、正義は翻弄されていた。

 そしてここ最近、嫌でも死を感じさせる事件が多すぎる。先程の遊園地で起こった、明日華の怪我もそうだ。
 ジャンがうまくやってくれたから良かったが、作戦中に落下死なんて洒落にならない。

 ……こういう時、父親ならなんと言うんだろうか。
 あの人のことだ、きっといつものように「修行が足りないんだ」と一喝するんだろうな——。


「……正義?」
「……」
「まーさーよーしー!」
「うわっ!?」
 つい考えこんでしまっていたらしい。正義は耳元で叫ぶ友凛愛にやっと気付いて、飛び退いた。

「どうしたの? ほんと最近、考え込んだりしてること多いね」
「……悪い」
 攻めるわけではなく単純な疑問を口にした友凛愛だったが、正義はバツが悪そうに頭を掻きながら、静かに謝った。それから、
「嫌な予感がするんだよ。説明はできないけど」
 と、言って正義はまた、視線を落とす。
「解ってる。私も注意するし、正義のサポートも頑張るから」
「……ああ」
 もちろんその言葉は力強く頼り甲斐のあるものだったが、正義は同時に少し違うとも思っていた。
 だから曖昧な肯定を返して、
「とにかく、現状を把握しよう」
 と、友凛愛を促した。

ナイフル 「サッカーの観戦に来た観客が集まった所に旧穢神の襲撃が行われたらしい。……ヘレ、マップを」
「はーい」
 セッポの声にヘレが応え、携帯型端末の画面を上に向けると、画面から立体映像が浮かびあがる。
「これがスタジアムのマップ。データは後ほど転送するから見ておいてもらうとして、問題はここ」
 セッポが言うと、マップの一部、ちょうど正面入口より一番奥のバックスクリーン付近に青い球体が現れ、小さく点滅を繰り返し始める。
「スタジアムの防災センター。ここを穢レベル2・エース級”撼坤(ナイフル)”が占領している。そのお陰で、遠隔操作が不能となり観客の脱出と救出が遅れている」
 セッポのモバイルPCの画面から、岩のような巨大な異形が映し出される。
 屈強な茶色の四肢に、岩のような巨大な頭部からは4本の角が生え、長く太い両腕からは3本の鉤爪が生えている。
 その鉤爪による攻撃も恐ろしいが、真の恐怖は地震を引き起こす能力を持つことだ。地面・地震を表す「なゐ」を「ふる」わせ、広範囲に渡って攻撃を仕掛けてくる強敵であった。

「怪我人は?」
「少ない。しかも、崩れて落下した天井が当たっただとか、階段から落ちて怪我をしたというような、旧穢神とは関係のないものばかりだ」
 友凛愛の素朴な質問に、セッポが淡々と答える。
「それも変な話よね〜。どうして?」
「むしろ僕が知りたい」
 ヘレの疑問をセッポは軽く流すと、友凛愛と正義の方へ向いてから、
「先発隊の情報によると、エース級は一直線に防災センターへ向かったそうだ。コモン級も不思議なことに、観客を襲うような動きはしていないとのこと」
「良かった……」
 その言葉に友凛愛は思わず呟いて、かるく握った拳を胸に乗せる。それから、ほっ、と安堵の息を吐いてみせた。
 それに正義も答えて、座席の脇に立てかけてあった刀袋を左手で掴む。
「そうだな。被害者が出ていなくて、少しだけ安心——」


 ——ドオォォォォン。


 正義の言葉を遮って、激しい爆発音が響いた。
 スタジアムの後方、右翼側の壁が、激しい爆音と共に吹き飛んだ。ぽかりと空いた口からは、蛇の舌のように巨大な炎が吹き出している。

「……おいおい、何に引火した?」
 セッポの瞳はその炎を見下ろしたまま、右手はモバイルPCの画面を叩いていた。動揺しているようには見えないが、僅かに震える指が彼の心情を表している。
「消火設備は?」
「スプリンクラーと、グラウンド内の観客席に放水銃があるようだ。とにかくそれを作動しないと」
 セッポはモバイルPCの画面を畳んで閉じると、ゆっくりと席から立ち上がった。
「内部の図面は把握した。手順は簡単だ、まずは防災センターでエース級の討伐。その後、スプリンクラーと放水銃を作動させる」
「わかった。行こう」
 正義は応えながら立ち上がると、全員が導かれるように立ち上がった。


「……気持ち悪いぐらい、すんなり通してくれたな」
 逃げ惑う人々の間をすり抜けながら、正義が口を開いた。
「ほんと! ここまで交戦なしって、変だよねー」
「友凛愛もそう思うだろう? 旧穢神は一体何を——」
 ここまで言って、正義は言葉に詰まってしまう。


『あの時、旧穢神は明らかに徒党を組んで行軍してた。それを思い出していた』


 遊園地で明日華と話した時、思い出した事実。それがまた首をもたげ始めていた。
 これ以上言葉を紡ぐと、その嫌な事実を認めてしまうような気がして、正義は何も言えなくなってしまう。

「正義……気持ちは解るけど、起こってることは現実だよ。行こう?」
「……ああ。ごめん、友凛愛」
 幼馴染の心配そうな顔に、正義はできる限りの笑顔を返す。うまく笑えていないのは自分でも分かったが、それを気にしていても始まらない。
「そうだな、やるしかない」
 言いながら正義は、視線を上げた。

「逃げろ!」
「早く外へ!」
 逆の方向に観客たちが逃げ惑うのをすり抜けながら、正義たちは従業員通路に駆け込んだ。
「……もうすぐ」
 正義は呟きながら、従業員用通路の奥へと進んでゆく。
 コンクリートの無機質な壁に囲まれた幅2メートルほどの通路は、人が2人やっとで並べる程度の広さだ。壁面にはいくつかのドアや配電盤の扉が並び、手書きの張り紙なども散見される。
「その正面が、防災センターだ」
 セッポがコンピュータの画面を開きながら、静かに言った。
 長い通路の奥にはガラス張りのドアが見える。中の様子が外から見えていた。

 室内は奥行き5メートル、左右に広がっているようだが外からは奥までは見えない。10台以上のテーブルが並び、それぞれ2台以上の液晶ディスプレイと電話機らしきものが置かれていた。
 奥の壁面を取り囲むように、2メートルほどの高さの操作パネルが立ち並んでいたが、ランプや計器は表示されておらず機能していないだろうことは想像がついた。もちろん、卓上のディスプレイ類も真っ暗なままだ。

「待ち伏せとは、旧穢神たちも考えるようになったな。とはいえ、僕のプログラムには勝てないけど」
「そうね〜。セッポのプログラムがあれば大丈夫!」
 緊張感がないのか、はたまた手練れの余裕か。とにかくセッポとヘレはこの状況を楽しんでいるようにさえ見えた。
「いいか、僕にキズナを集めてくれ。キズナスキルで旧穢神の行動を制限する。ナイフルを抑えつつ、センター内の設備も守る」
「おっけ〜! じゃあその後はヘレが覚醒したらいい? みんなの超能力を強化して、一気に畳み掛けるの」
 その言葉に正義と友凛愛も頷く。
「分かった。俺はナイフルを引き寄せるから、友凛愛はサポートしてくれ。セッポとヘレが覚醒状態になったら、攻撃に転じる」
「うん、任せて! セッポくんとヘレちゃんには敵わないかもしれないけど、私と正義のコンビネーションだって凄いんだから」
 ヘレはその光景を微笑みながら見つめてから、
「うん! 一緒に頑張ろうね〜!」
 と、満面の笑みで答えた。
「——よし。行くぞ」
 セッポの言葉に、全員が頷いた。


 ばん、と大きな音を立ててドアが開かれ、正義と友凛愛が室内に踊り込む。
 ナイフルは入ってすぐ右、5メートルの距離。こちらに気付いて反時計回りで振り向こうとしているが、その速度は遅く、まだ背中を半分見せている。
「極意居合術、其の壱——雲切之剣(くもきりのけん)」
 正義は一気に距離を詰めながら、刀の間合いへと入る。瞬時に腰を落として左膝を地面につけ、左腰に帯びた刀の柄を握りしめる。直後、ひゅん、と空気を切り裂く軽い音が響いた。
 ほぼ同時に、がきぃん、と金属が硬い物質に叩きつけられた金属音が響き渡る。刀を鞘にしまう時の、きん、という音と同時に、ナイフルの肩から激しい火花が飛び散った。
「キズナ……っ!」
 友凛愛がフォークとスプーンを胸に抱きながら、そっと瞳を閉じる。その体から燐光が生まれると、正義とセッポに向かって漂い始めた。
「うふふっ! いっくよ〜!」
 ヘレが腰のシザーポーチに右手をかけながら、楽しそうに左手を掲げる。全身から勢いよく燐光が飛び出すと、楽しそうにセッポの周囲を旋回し始める。
「悪くない」
 セッポはそれに独りごちながら、モバイルPCの画面を叩く。画面から迸る電気で構成された、小さなものがいくつも飛び出し始めた。それは具現化した存在というより、モザイクやディスプレイのノイズを固めたような存在で、小さいながらも羽のような器官を備えており、羽ばたきながら一直線にナイフルへと向かう。
「行け、僕のバグ」
 言うと同時に、飛びかかったバグたちはナイフルの表面に次々と激突し、じじじ、と高圧電流が震えるような音を立てて、緑色のノイズと共に爆発した。
 ここでやっと、ナイフルは正義たちに向き直る。

「……凄い威圧感だな」
 正義は呟くと、乾いた唇を少し舐めてから、ぐっ、と歯を食いしばる。剣士としての勘が、これから起こることに警戒するようにと伝えていた。
「そら、こっちだ!」
 振り向くナイフルの死角に潜り込むため、正義は右側へと回り込む。
「其の壱——雲切之剣」
 正義の動きは速い。一瞬で腰と膝を落として正面からの突き。間伐入れずに袈裟懸けで斬りつける。
 ナイフルの体から火花が散る。剣の軌跡がその岩の塊に刻み込まれてゆく。
 次の瞬間、また火花が散る。正義は刀を鞘に収め、様子を伺う。

 これで、ナイフルは正義に気を取られる——はずだった。
 だが、そうはせずセッポの方を向き直ったかと思うと、一歩踏み出してから上体を右に少し傾けると、その右腕を突き出す。

「危ない!」
 咄嗟にヘレがセッポの腕を掴んで引き寄せる。リーチの長い鉤爪は、先程までセッポが居た場所を貫くと、ゆっくりと戻り始めた。
「悪い、助かった。攻撃時だけ速ぇとか、どんなチートだよ」
「ほんと、ずるいよね〜」
 その光景に、正義と友凛愛は思わず顔を見合わせてしまっていた。
 今のは確実に、陽動を無視して指揮官を狙った。それは、ナイフルは陽動を見破るだけの知能があるという事実以外の何物でもない。
「正義、急ごう」
 その空気を察したのか、友凛愛は言いながら集中し始める。
「ああ」
 正義もそれに答え、居合の構えのまま精神を研ぎ澄ます。
 2人の体から生まれた光はセッポとヘレに向かって漂い、どんどんその周囲を埋め始める。

「……」
 不意にナイフルが、ゆっくりと上体を逸らし始めた。背筋を伸ばした状態で右足を上げ、一度動きを止める。
「備えろ!」
 次の瞬間、ナイフルは右足を地面に叩きつける。どぉん、と激しい音と同時に地面が激しく揺れた。
「!?」
「きゃあっ!」
 近くにいた正義と友凛愛は、突然の脅威に足元をすくわれ、大きく体制を崩して地面に転倒してしまう。
「まずいよ〜! セッポ、急いで……!」
 ヘレは悲痛な叫びをあげ、胸の前で両手をぎゅっと祈るように合わせると、念じるかのように瞳を閉じた。
 その体から、ぶわっ、と一気に燐光が飛び出すと、セッポを包み込む光群にどんどん加わってゆく。
「よし……待たせたな」
 セッポの体が一瞬大きな光を纏って、ごうと突風が抜き抜けたと思うと、緑色の鋭いオーラがセッポを包み込んでいた。
 この瞬間、セッポは覚醒したのだ。
「来い!」
 言うと同時に、セッポの側面と背面に巨大なノイズが走ったかと思うと、巨大な長方形が浮かび上がる。空中に映し出されたそれは、どうやら巨大なディスプレイだった。
 高さ2メートルほどもあるそれは、まるで彼を守るかのようにそびえ立った。その表面には緑に発光する文字が多数書かれており、凄まじい勢いで上へとスクロールを始める。
「僕のプログラムは、いつだって完璧だ」
 ざざざ、と新たなノイズが彼の正面に走る。それは大きく弧を描いた幅1メートルほどのキーボード。彼の胸元よりやや下に浮かびあがり、セッポの動きに付随していた。
「つまんねーバグは、とっとと処理!」
 セッポが両手を伸ばし、小さな指がキーボードの上を走る。まるで鍵盤でも奏でるような、滑らかな動き。
 愛でるような、触れ合いのような、なんとも形容しがたい優しい接触。
「キズナスキル、発動」
 言いながら人差し指で、トーン、とエンターキーを叩く。腕は跳ねるように上へと振り上げられる。
 直後、地面から電子の壁が突き出してきた。プログラム用語が描かれたそれはディスプレイの発光のような鈍い緑色を放ち、部屋の壁面とこの場を取り囲むようにそびえ立った。
「これで部屋の機器は問題ない」
「分かった、思いっきりやらせてもらう。サポートを頼む!」
 セッポの言葉に正義が応えながら、左膝を地面に落とした。
「其の弐——半月之剣(はんげつのけん)」
 抜いた刀を振り上げ、片手で下段に斬りつける。両手で構え直してから、再度下段への斬り下ろし。
 足に意識が行った所で、袈裟斬りで斬り下ろした。

「お願い、キズナよ届いて……!」
 友凛愛の燐光がヘレの周囲を多い始める。
「ありがとう〜!」
 ヘレが言うと同時に、一瞬大きな光に包まれたと思うと、流動形の青いオーラが彼女を包み込んだ。
「覚醒! したよ〜!」
上気したヘレは、腰のシザーケースから美容師用シザーを抜き取ると、空に届けるかのように、ぽぉん、と放り上げる。
 その細い指から放たれると、青いオーラがシザーを包み込み、まるで意思を持つかのようにヘレの後ろに漂い始める。刃を正面に向けて、まるでいつでも飛びかかれるとでも言わんばかりに。
「サポートするよ〜!」
 シザーがそれぞれ2本ずつ、正義と友凛愛とセッポへと向かう。それからヘレと同じように、彼らの後ろでナイフルに切っ先を向けたまま、浮かんでいた。
「攻撃の時、うちの子たちも一緒に頑張るからね〜!」
「そうなんだ! かわいいー!」
「……いや、お前のフォークとスプーンも似たようなもんだろ……?」
 友凛愛の能天気な発言に、正義は思わずツッコミを入れていた。状況が優位になりつつあるとはいえ、緊張感のないやりとりである。
「確かにそうかも! じゃあ、一緒に頑張ってもらおう!」
 友凛愛が明るく言って、全長50センチほどに巨大化したフォークとスプーンを放り投げた。
「フォークさん、スプーンさん! あいつを、クッキングしちゃうよっ!」
 それを合図に、フォークとスプーンが飛び出した。がきん、と大きな金属音と火花を飛び散らせながら、ナイフルの体にその刃を突き立てる。
 その少し後を、ヘレのシザーが追いかける。2本のシザーも突進し、ナイフルを直撃した。
「きゃあ! かわいいー!」
「そのセンスはよく分からんが……チャンスには違いない」
 正義がぼやきながら歩み出た。ゆっくりと腰を落として、すぐに剣を抜ける構えへと移行した。
「セッポ、ヘレ! 胴体を直接狙ってくれ!」
 言いながら正義の剣が唸る。ナイフルの頭、腕など岩のような部分を、あえて狙って叩きつける。
「岩に比べりゃ、胴体が脆いのは当たり前だな」
「うん。セッポ、一緒にいこ〜!」
 セッポがキーボードを叩くと、大量のバグが召喚されてはナイフルへ向かう。それを追いかけるように、ヘレのシザーが突貫する。その攻撃の手数の多さに、ナイフルは身動きが取れなくなる。
「よし! このまま押し切れる!」
「——もう少し、楽しませて欲しかったぜ」
 セッポがつまらなそうに言って、両手の指を大きく広げる。それをキーボードに叩きつけると、直径1メートルはある巨大なバグが現れ、ナイフルの胸目掛けて飛び出した。

 ばつん、と一気に電源が落ちたような、そしてそれよりも数倍激しい音が、響いた。
 ナイフルの胸を中心にノイズが走り、すぐにその体表をノイズで埋め尽くしてゆく。
 その皮膚がまったく見えなくなるほど覆われると、ナイフルはその動きを完全に止めてしまい——ゆっくりと紫の煙が立ち上ったかと思うと、やがて全身が霧散していった。

 セッポはそれを見届けてから、右手で小さくガッツポーズをとる。
「セッポ、喜んでるでしょ〜?」
「!? べ、別にいいだろ」
「うん。セッポはもっと素直になった方がいいと思うよ〜!」
「う、うぜーんだよ!」
 ヘレの言葉にセッポは真っ赤になると、ふん、と拗ねたように視線を逸らした……。


「スプリンクラー、放水銃ともに起動完了。これで火災の拡大は落ち着くだろう」
 複数のディスプレイを舐めるように見渡しながら、セッポが言った。両手は複数のキーボードを叩き続け、傍目には何をしているのかさっぱり理解できなかった。
 ナイフルを討伐してから、ものの5分。
 防災センターのセキュリティシステムを理解したセッポは、1つのテーブルに必要な機材を全部まとめて、あっという間にシステムを復旧してしまったのだった。

「……にしても、気持ち悪いよね〜。普段通りパトロールができていたら、もっと早く解決できたかもしれないのに」
 不意に、ヘレが口を開いた。セッポが構ってくれないから暇だったのかもしれなかったが。
「……つまり、俺や友凛愛、それに他のグロウリーたちが駆り出されていなければ、防げていたのかもしれない……?」
 正義の迷いを含んだ言葉に、友凛愛も神妙な表情を浮かべる。
 ヘレは眉をひそめて残念そうな笑顔を見せると、
「そうかも〜」
 と、絞り出すような、曖昧なような、どちらとも取れる答えを返した。

「さ、あとは後方部隊を待つだけだ」
 セッポが立ち上がりながら言った。
「……通信だ。……はい。戻ります」
 セッポは端末での通話を手身近に終わらせると、
「ヘレ、用事ができたから本部に戻る。あと、正義と友凛愛はすぐにジーニーから連絡がいくとのことだ」
「ああ、本当だ」
 セッポが話し終わるのを待たずに、正義の携帯端末が画面に受信を映し出す。音声がスピーカーから出力されるようにして、通話開始のボタンを叩いた。
「正義くん、友凛愛くん。急で済まないが、すぐにこちらに合流して欲しい」
 天才と呼ばれるグロウリー、ジーニー・シュルツ。彼はいつも落ち着いた口調で話す人物だったが、この時の声は少し慌てているように聞こえた。
「どうしたんだ?」
「つい先程、友凛愛くんが紫色の結晶を届けてくれただろう。僕たちはあれを”穢のカケラ”と命名した。つまり——」
 ここでジーニーは言葉を切った。ゆっくりを息を吐く音が、スピーカー越しに流れる。
「旧穢神を解析するヒントになる可能性があるもの、だ。そのためにも、一度起こっている事態をその目で確認して欲しい」
「分かった。すぐに向かう」
 正義は不安そうに見つめる友凛愛に頷きながら答えて、通話を終了させた。


「場所は植物園か。作戦ヘリなら数分だな」
「うん。じゃあ、行こう」
 正義は端末の地図を見ながら言って、防災センターの出口へと向かう。それに友凛愛がついていった。
 だが、セッポは立ち尽くしたままで、それをヘレが心配そうに見つめている。
「ねえセッポ、もしかして——」
「ああ。僕の予測プログラムの結果より、動きが早いかもな……。とにかく、支部に戻ろう」
 不安そうな言葉を遮ってすぐに歩き出すセッポを、ヘレは慌てて追いかけ始めた。

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