キズナと蛍の物語 Story
Story 目次
  • ◆#05――救出
  • ◆#06――護衛
  • ◆#07――回収
  • ◆#08――制圧
  • ◆#09――死闘
  • ◆エピローグ
キズナと螢の物語 ストーリー プロローグ
Story 目次
  • ◆プロローグ
  • ◆#2-01 —仮初の襲撃
  • ◆#2-02 —結晶化現象
  • ◆#2-03 —既視感ある強襲
  • ◆#2-04 —監視されている?
  • ◆#2-05 —帰りたくない
  • ◆#2-06 —由故と暴走
  • ◆#2-07 —葛藤、惟う友朋
  • ◆#2-08 —13年前との決別
  • ◆#2-09 —繁殖する恐怖
  • ◆#2-10 —最終決戦
  • ◆エピローグ
キズナと螢の物語 ストーリー プロローグ
前の話
次の話

PM17:00、植物園。
 植物園は幅300メートル、長さ800メートルほどの敷地を持つ広い場所だった。
 南北に渡る巨大な池と、その周囲の遊歩道付近に様々な森や植物のエリアがある。
 入園口の近くにはピラミッドのような三角形でガラス張りの展示温室があり、休憩施設も兼ねていた。
 外の広い駐車場には伊集院財閥のバスが並び、ご丁寧に作戦用ヘリが降りられるだけのスペースを確保してくれていた。

「正義くん、友凛愛くん」
 作戦用ヘリを降りてすぐ、一人の少年が声をかけてきた。ソリッドなフレームのスクエアな眼鏡をかけ、長い前髪はその瞳を少し覆い、彼の真意を分からなくさせている。
 白いシャツの上にアーガイル柄のカーディガンを着ており、真面目で誠実そうな人柄を見せることに一役買っていた。

「ジーニー、お待たせ。状況は?」
 挨拶もそこそこに、正義は確認を急ぐ。
「ええ、順番に話しましょう」
 ジーニーは右手の中指で眼鏡を軽く押し上げながら、続ける。
「まず、友凛愛くんが持ち込んだ結晶……『穢のカケラ』ですが、解析を続けることで旧穢神の正体がより分かるかもしれません」
「そうなの? どうして?」
 友凛愛が思わず聞き返すのにすぐ返さず、ジーニーはゆっくりと息を大きく吸う。
「あれは、旧穢神たちの力が凝縮されている……と考えられます。彼らが消滅する時に残す紫の煙……それに近しい成分が、高密度で凝縮されているようです」
「つまり、いつもなら拡散してしまうものが、何故か結晶化した……と?」
「ええ。現時点ではそう分析されています」
 正義の言葉に答えて、ジーニーは軽く頷いて、
「現在も研究班での解析が続いていますが、検体数がまだまだ足りない。そのため、より多くの穢のカケラを集める必要があります。それも、できるだけ強力な個体の」
 と、続けた。
「分かった。……それで、この場所なんだな?」
「正義くんは話が早くて助かる。……そう、いまこの中にはジョーカー級の旧穢神が確認されているのです」
「ジョーカー級っ!?」
 思わず友凛愛が声をあげる。


 穢レベル3・ジョーカー級——。
 天災にも匹敵すると言われる、凶悪な個体。彼らによって破壊され、滅びた街も過去に存在する。
 手練れのグロウリーが束になっても勝率は高いとは言えず、運悪く殉職したという話も少なくはなかった。


「確認されているのは、三種。まずは、穢レベル1・コモン"黄泉媛(ヨモツヒメ)"。つぎに、穢レベル2・エース"死ノ戸ノ守(シナトノカミ)"。最後は、穢レベル3・ジョーカー"凶ツノ八洲(マガツノヤシマ)"です」
「ヨモツヒメは……確か、エース級やジョーカー級の取り巻きだっけ?」
「Das ist richtig、その通りです」
 ジーニーは携帯端末を取り出すと、その画面から立体映像を浮き出させる。

ヨモツヒメ  口のついた触手のようなものが10本ほど尻尾側で束ねられており、その上に上半身が乗る。女性型の胴体から頭部と二本の腕が生えており、前頭部からは顔を覆うような角が二本、眼に値する箇所からさらに二本の角が、生えていた。
 シナトノカミを誘導する存在と言われており、それを「黄泉から現世界へ導くもの」という意味を持たせ、この名前がついたという。

「こういうの、一姫二太郎って言うんだっけ?」
 友凛愛の言葉に、正義とジーニーが思わず吹き出す。 
「友凛愛くんは、面白いことを言いますね」
「そうかなー?」
 ジーニーは友凛愛に微笑みを返してから、今度は携帯端末から次の立体映像を映し出した。

「そして、シナトノカミ」
 シナトノカミは、胴体に頭部と両手両足を備えた、人間に近い体型をしていた。まるでヘルメットのような頭部には口に見える穴がぽっかりと空いており、側頭部から左右対象に鋭い角が二本ずつ生えている。両腕は肘から先が巨大な赤い爪になっており、身長とほぼ同じ大きさになっていた。切り裂くというよりは、杭として穿つための形状となっている。
 また、その名の通りゲートを守護する者と言われており、そこからこの名前となった。
 恐ろしいことに、ゲートを使用せず現実世界と異世界を行き来するという、非常に稀な能力を持っていることがその存在をより凄惨な存在としていたのだった。 シナトノカミ

「……そういえば、久しぶりだな」
 不意に、正義が惚けたような顔で呟く。
「正義くんが正式なグロウリーとなった直後に起こった、頓山中学校が襲われた"あの事件"ですか?」
「あー! あの時ほんと大変だったよねー」
 二人の言葉に正義はゆっくりと頷いた。
「そうだな。あの時も、シナトノカミとマガツノヤシマと戦ったんだっけ。……ちょっと懐かしい感じがするけど、あの時の恐怖は忘れられない……」


「噂には聞いていたが……対峙しただけで死を覚悟するレベルというのは、誇張ではないようだな……はは……」
 いつもは冷静なジーニーが、いつになく震える声で呟いた。
「前からずっと言ってんじゃん! ……あは、あはは……立ってるだけで精一杯」
「私、怖いです……。あ、あまりに、お、大きく、お、恐ろしく……!」
 それに被せるように明日華が言うが、いつものプロらしい整った発声ではなく、思っていることをそのまま口にしていた。
 続く蔓は、胸の前で握った両手も、体躯を支える両足も、全てをがくがくと震えさせながら率直な心情を呟いている。
「私も怖い……でも、負けるわけにはいかない!」
「まったくだ! 俺は、俺より強いヤツに会いに行くんだ。だから……ここで負けるわけには、いかねえんだよ!!」
 友凛愛も怖いだろうに強がった言葉を放ち、それにジャンも決意を言葉にした——。


「正義! 大丈夫だよ!」
 不意に響く友凛愛の元気な声。それに正義は一気に現実に引き戻された。
「あの時から、正義はいっぱい強くなったよ。みんなもいっぱい強くなった。——だから、大丈夫」
 いつもの笑顔で、いつものように言う友凛愛に、正義は一瞬困惑した。この時間から引き剥がされかけた心が、即座に引き戻されていく。
 この幼馴染サマはなんと凄い力を持っているんだろうと、正義は素直に驚嘆していた。ただ友凛愛を見つめながら、ぐるぐると頭の中を回る様々な思惑が、無意識に整理されていく。
「……ああ、大丈夫だ。とはいえ、油断はしないようにする」
「うん。それでこそ正義だよ!」
 ぱっと表情を明るくする友凛愛に、正義は強く微笑んで見せた。
「知っているとは思いますが、改めてマガツノヤシマについて復習しておきましょうか」
 ジーニーの声に二人が頷くと、携帯端末にマガツノヤシマの立体映像が映し出された。


マガツノヤシマ  穢レベル3・ジョーカー級、マガツノヤシマ。
 幾何学模様のようなラインの入った人間型の旧穢神だが、特徴はその腕だ。肩から大小8つの腕が生えており、それぞれが独自に動いている。さらに、腰からは8つの触手が生え、胸からは8つの棘が飛び出していた。頭部からはクワガタムシのような顎が突き出しており、その付け根には小さな口のような器官がある。
 その全長は個体差があり、小さいものでも2メートルほど、大きなものだと5メートル以上の個体が確認されていた。
 八洲とは、古事記では「8つの島」——つまり、日本を意味している。日本に禍いを及ぼす存在として、「凶ツノ八洲」と呼ばれているのだ。


「あの時は、一瞬の隙をつけたおかげでなんとか倒せた。けど、今の俺は違う」
 正義は言って、刀袋を肩から降ろす。愛刀を左手に持ち、それから入園口を改めて見据えた。
「園内はコモン級とエース級が溢れています。なるべく無視して、ジョーカー級を狙いましょう。……おっと、応援が到着したようです」
 ジーニーの声に見上げると、作戦用ヘリが降りて来るのが見えた。


「ジーニー、調子はどうだい?」
 ヘリから降りながら右手を上げ、声をかけてきたのは高身長の男性だった。ゆるい天然パーマの茶髪で、甘いマスクと屈託のない笑顔が印象的だ。白いパンツに紺のジャケットを羽織り、その肩には緑色の首輪をした茶トラの猫を乗せていた。
「ええ。お陰様ですこぶる好調ですよ、ルーカス」
「そうか、それは良かった!」
 いつもの丁寧な口調で答えるジーニーに、ルーカスは破顔してさらに笑顔を見せる。非常に接しやすそうな空気を醸し出していた。
「おっと、そちらの二人ははじめましてかな?」
 ルーカスは正義と友凛愛の方を振り向いてから、続けた。
「はじめまして、俺はルーカス・マーシー。獣医を目指してる。で、この子は愛猫のダイキチ」
 ルーカスが肩の上の猫を撫でてやると、ダイキチはにゃあん、と少し面倒くさそうに答えた。
「俺はアメリカ人で、水属性のグロウリーだ。今日は、ジョーカー級の討伐ということで信頼できるメンバーを連れてきたから。紹介するよ」
 言ってルーカスは、彼に続いてヘリから降りてきた二人を促した。
「彼女はルーナ。時間を操る超能力を使える。世界で一番素敵なグロウリーだ」
「私はルーナ・マルタンよ。看護師の勉強のため、フランスからの留学してきたの。属性は木ね。はじめまして、誠実そうなボーイに、キュートガールのお二人さん!」
 ルーナは、とても魅力的な女性だった。柔らかなウェーブのかかったクリーム色の髪をふわりと揺らしながら、微笑みはとても艶っぽくセクシーに見える。
 紫色のキャミソールとミニのタイトスカートに身を包み、肩にはクリーム色のカーディガンを羽織っているが、その豊満なボディラインから漏れる魅力はまったく隠せてはいない。
「そしてこのナイスガイが、白威(ばいうぇい)。中国からの留学生だ。とても頼りになるファイアー・ファイターだよ」
「……ぼちぼち頼まぁ」
 黄色ベースのパーカーとスウェット。トレーニングウェアに身を包んだ白威は、金髪を短くまとめて後頭部を刈り上げている。身長が高く、眉を強く寄せて前を見据えた表情でいることもあり、威圧感を与える雰囲気を漂わせていた。
 両手には白いバンテージを巻き、首から赤いグローブを下げていることから、ボクサーなのだろうことは想像がつく。

「三人ともはじめまして。俺は禰宜田 正義。天真正伝香取神道流の流れをくむ流派の剣士だ」
「はじめまして! 私は鷺岡 友凛愛。パティシエールを目指してる」
 二人の差し出す手を、ルーカスたちが順に握り返す。
「OK、君たちとは仲良くやれそうだ」
 ルーカスが笑いながら言うのに、正義と友凛愛も微笑み返した。

「では、改めて作戦内容を確認しましょう」
 ジーニーの言葉に全員が頷き、彼の説明に耳を傾ける。
「入ってすぐ、100メートルほどの箇所に展示温室があり、その中央部をジョーカー級マガツノヤシマが占拠しています。目的はその討伐と、旧穢神が落とす穢のカケラの収集です」
「状況は分かったよ。他に何か気をつけることはあるかい?」
 説明を聞いたルーカスが、それに応えて軽く返した。
「いえ。ルキオラ・クルキアタのデータベースにある以上の情報はありません。特殊な個体であるとの情報もありません」
「なら、俺たちが得意とする特攻作戦でいこうか。白威が敵を引きつけつつ特攻、その間に俺とルーナがキズナで援護する」
「なるほど、合理的です。僕もキズナを繋ぎます」
「OK、完璧だ!」
 淡々と答えるジーニーと、リアクションひとつひとつが大きなルーカスの会話はテンポ良く進む。
「正義くん、友凛愛くん。僕たちがサポートするから、白威くんを手伝ってあげてくれないか?」
「はい、もちろんです」
「分かりましたー!」
 ジーニーの問いかけに二人は素直に答えると、ルーカスが大きく頷いた。
「ああ。信頼してるよ。……ジーニー、天才の采配とやら、拝見させてもらうよ?」
「Hochmut kommt vor dem Fall……日本語で言えば『おごる平家は久しからず』です。期待に応えられるよう、常々努力し続けていていますよ」
「Good! いい答えだ。じゃあ、行くか!」
 ルーカスの声に、全員が頷いた。


 入園口のゲートは、横幅20メートルほどの屋根からローマ神殿のような円柱が立ち並び、その間を抜けて行く構造になっていた。簡単な柵と従業員が立つスペースがあり、普段はそこで入場券をスタッフに渡して入場するのだろう。だが、今はもちろん人がいない。代わりに、園内を蠢く旧穢神たちが跋扈していた。
「展示温室までは約100メートルです。一気に進みましょう」
「……めんどくせぇな」
 白威が言い放ち、胸の前で組んだ両手の骨をぼきぼきと鳴らしながら、一歩前に歩み出た。
「白威って、無愛想なヤツだけど実はすっごい犬好きで、趣味は捨て犬の里親探しなのよね」
「ルーナ! その話、今いらねぇだろ!」
 焦って顔を赤くしながら言う白威に、ルーナは下をちろりと出して、おどけて見せた。それを見ていたルーカスは、思いっきり吹き出して遠慮なく大笑いしている。
「……三人とも仲が良いんだな」
 正義は思わず素直な感想を呟いていた。ふと、ジャンと明日華のことを思い出したのもある。
「あら。ボーイもガールも、もう友達じゃないの。この作戦が終わる頃には、今よりもっと仲良くなれていると思うわよ?」
「うん、私もそう思う! よろしくね、ルーナ」
「友凛愛の言う通りだな。——そのためにも、必ず勝つ」
 正義の言葉に全員が頷いた。

「白威の後ろに俺がつく。友凛愛は俺たちのサポートと、後ろの三人のフォローを頼む」
「わかったよ!」
「行くぞ!」
 正義の声と同時に、白威が地面を蹴った。
(速っ!?)
 普段からボクシングのために鍛えているのだろう白威に、正義はついていくだけで精一杯だった。
「……こいや」
 白威は10メートルほど先にいるヨモツヒメに向かって走ってゆく。
 ヨモツヒメがこちらに気付いて振り向くと、白威は急ブレーキをかけて軽く腰を屈め、両手の拳を胸の前で構えた。
 戦闘態勢に気づいたヨモツヒメは、その口らしき器官をかぱぁと開いて、軽く威嚇してみせる。
 だが白威はそれには動じない。
「……チッ」
 軽い舌打ちと同時に、一瞬で懐まで踏み込む。
 反応したヨモツヒメは、下半身の触手を2本、彼の右側からフック気味に伸ばす。
 白威はそれを左に回り込みながら避けると、体を時計回りにねじりながら軽いジャブで2本の触手を丁寧に叩く。
「……速い」
 その後方2メートルほどの場所で見ていた正義は、素直な感想を呟いていた。先程のステップインもそうだが、そのパンチも見えないほど速い。
 全てにおいての絶対的な速さは、刀を抜く前に懐に入り込まれるには充分だと気付いて、正義は背筋を冷たいものが伝うような感覚に襲われてしまった。

「さすが白威! 俺のキズナを受け取ってくれ!」
 ルーカスは両手を開いて少し下げた状態で、掌を白威に向けている。その全身からは眩く、そしてしっかりとした光を放つ燐光をどんどん放っていた。
「さっ、私のキズナも凄いわよっ」
 ルーナがイタズラに微笑みながら、両手の指先を唇に当てる。それからその掌をふわっと広げて投げキッスすると、煌めく光を放つ燐光がシャボン玉のように吹き出された。
「えっ、なんてまぶしいキズナ……!」
 思わず友凛愛は口にしていた。今の自分たちには生み出せない光量。これがグロウリーとしての格の差なのだということを、嫌でも知らされてしまった。

「さすが、三人とも相変わらず素晴らしい。僕も遅れをとるわけにはいきません。キズナよ……!」
 ジーニーが少しだけ頭を下げて、右手をメガネのブリッジに当てる。後方から状況を見据えながら微動だにせず、その全身からまばゆい燐光を放った。
「白威くん、覚醒の準備を! 正義くんはそれに続いて。友凛愛くん、いまはキズナを優先してくれ!」
 ジーニーの言葉に、全ての燐光が動き出す。まるで意思があるかのように白威の方に集まってゆき、彼の周囲をぐるぐると回りだす。
「……めんどくせぇな」
 白威が舌打ちすると同時に、その全身が一瞬光で包み込まれる。ごうっ、と凄まじい熱気を噴き出すと同時に光が消えて、赤いオーラをまとった白威が立っていた。

「覚醒はっや!」
 友凛愛は思わずツッコミを入れてしまっていた。作戦開始からまだ1分も経っていないというのに。
「一流のグロウリー3人がかりで覚醒させれば、こんなに短時間で……」
 正義も思わず呟いてしまっていた。
 今まで何度か覚醒を経験し、キズナの扱いにも慣れてきたはず。それに、自分は補助器なしで覚醒したという経験もある。
(……少し、甘えていたのかも)
 正義は両手でばちん、と顔を両側から叩くと、軽くかぶりを振って白威に視線を向けた。

「そらよ!」
 白威はヨモツヒメの正面に向き直ると、そこへ触手が左右から一本ずつ飛びかかる。それを左のジャブで丁寧に落としてやると、さらに二本の触手が襲う。
 それを上体をかがめてくぐり抜け、その勢いを乗せて右のフック。ヨモツヒメの腰にずどんと刺さった。
「一撃が重いな」
 正義はその後ろから駆け寄りながら呟いていた。体躯が大きいため、白威のパンチはとても重さを感じる一撃だった。
「……ツ」
 ヨモツヒメは呻きのような擬音のような、なんとも言えない音を発して両手を空に振り上げる。
 その直後、胴体の触手が一気にぐねぐねと蠢き、一気に白威に向かって飛びかかる。
「触手は抑える! 極意居合術、其の参——無一之剣(むいつのけん)」
 正義は屈み込みながら刀を抜く。正面への突きから、上段にからの切り下ろしへの連続攻撃。
 白威の頭上から襲いかかる触手を三本切りつけ、触手は勢いを殺されてしまう。斬り口は5センチほどの深い傷跡を残し、そこからしゅうぅぅ、と紫の煙が沸き立っていた。
「悪りぃな」
 白威はその隙に懐に潜り込み、左のフックと右のアッパーをヨモツヒメの脇腹に叩き込んだ。ずどどん、と続いての衝撃にヨモツヒメは呻いて、上体をかがめる。
「俺に合わせろ」
「分かった!」
 白威は左、右、左のコンビネーションをヨモツヒメに叩き込み、上体を折らせてから、右手をぐっと引いて溜めの姿勢になる。
「言葉なんていらねえよ」
 一歩踏み出しながら、全身をぐっと屈める。
 跳躍しながら、右の拳を下から上へ振り上げる。
 全身の勢いが拳に集約され、天へも届くような勢いを乗せて。
「拳で殴れば理解(わかる)るからな」
 ごしゃっ、という硬質の物体が肉体に叩き込まれた鈍い音が響き渡る。
 ヨモツヒメの垂れた顔面に白威のアッパーが刺さって、全身が浮いた。触手が地面から離れ、首ががくんと後ろに跳ね上げられて、ぐるりと後ろに回転しながら、後頭部から地面へと叩きつけられる。反動で触手たちの動きが乱れた。
「半月之剣!」
 拳を振り上げた白威の脇から正義が滑り出し、下段へ二回と正面からの袈裟斬りを一瞬で叩き込んだ。

「……メ……」
 ヨモツヒメは倒れたまま、その右手を伸ばしながらなんとも言えない音を発する。顔は白威に向けられ、瞳は無いがあったなら睨みつけていたのかもしれない。触手の蠢きは鈍くなり、数本の触手はすでに動かなくなっていた。
「いい勝負だったぜ」
 言いながら白威は右手を振りかぶると、倒れたヨモツヒメの顔面にストレートを叩き込んだ。
 それがとどめだった。ヨモツヒメの体は紫の煙となり、ぶわっと霧散した。
「よし、行くぜ」
 白威の言葉に全員が頷くと、奥へと駆け出した。


 展示温室内部は熱帯雨林植物や熱帯果樹が展示されており、温度と湿度の管理が行き届いた室内はやや暑く感じる。
 正義は額の汗を拭いながら、ぐるりと周囲を見回した。

(……刀の柄を持つ手が震えているのが分かる。昔より強くなったとはいえ、ロクな実戦経験もないままシナトノカミと交戦した嫌な記憶を拭えるまでは、まだ時間がかかりそうだ……)

「! ねえみんな! 私にキズナを集めて!」
 不意にルーナが緊張感のこもった声をあげる。
「開くのか!?」
 ルーカスが言ってすぐに、両腕を広げてキズナを生み出し始めた。
「え、ええっ!?」
「どういう……!?」
 友凛愛が動揺して一瞬全身をこわばらせるのに、思わず正義も足を止めてしまった。
「友凛愛くん、正義くん。この感じ……経験がありませんか?」
「まさか……ジョーカー級のゲートか!!」
 ジーニーの声に反射的に見上げた。
 
 ――空中が、裂けた。

 縦に10メートルほどの長い亀裂が走ったかと思うと、縦長の空間が口を開く。
 ごつごつとした肉のような縁に囲まれ、その中は紫っぽいなんとも言えない色を放ち、奥からは赤い稲妻のようなエネルギー体がばちばちと弾けていた。


 穢門(ゲート)――。
 旧穢神たちは異世界から現実世界に現れる時、ゲートを通じて現れる。
 そして、その中でもジョーカー級が出現する時のみ、このような巨大なゲートが現れるのだ。


「やぁん……あっつ〜い!」
 ルーナが羽織っていたカーディガンを放り出して、そのデコルテから肩までのラインを顕にする。
「さっ――お姉さんのすっごい所、見せちゃうっ」
 直後光に包まれたかと思うと、ルーナは巨大な救急箱に座っており、その周囲を緑色の柔らかいオーラが包んでいた。ルーカスのキズナを受け、彼女もまた覚醒したのだ。
 ルーナが救急箱に手をかけると、蓋が開き巨大な注射器や聴診器が顔をのぞかせる。
「グッジョブ! ルーナ、ゲートの時間を巻き戻してくれ!」
「はぁ〜い! Je veux vous sauver……"私はあなたを救いたい”。時間の流れを変化させるわよ」
 それから両手をぴんと伸ばして、空中のゲートに掌を向けた。
「ほんとは傷を直すのに使うんだけどね。とにかくゲートは私が抑えとくから、シナトノカミを探し出してね!」
 ルーナが手を伸ばしてすぐ、ゲートはその口を開くのをやめたと思うと、逆再生のようにその口をゆっくりと閉じ始めた。
「俺が彼女を『世界で一番素敵』と言った理由も分かっただろう? あまりに強力すぎて連発できないのが難点だけどね……まっ、この間に俺も覚醒しようじゃない!」
 ルーカスが言って、ゆっくりと息を吐く。光に包まれてから現れたのは、巨大化したダイキチ。彼はその背に腰掛け、青く流れるようなオーラを身に纏っていた。
「いいかい、俺とダイキチは強い信頼で結ばれている。だから、俺のキズナスキルは大量のキズナを生み出す……言葉ではなく、表現のディスカッションをしよう!」
 ルーカスの言葉に応えるように、ダイキチがにゃおぅと大きく鳴く。直後、一人と一匹の体から、眩いほどの大量のキズナが放出された。
「すごっ! なにあのオニ盛りのキズナ!?」
 自分たちを包み込むために飛び交う大量のキズナに、友凛愛は興奮気味に叫ぶ。
「正義くん、友凛愛くんは覚醒を! 君たちなら、かつて剣を交えたシナトノカミの居場所に気付けるはずだ!」
「ああ、分かった!」
 ジーニーの声に答えて、正義は剣に手をかけながら少し腰を屈めて構える。友凛愛はフォークとスプーンを握った拳を胸に当てて、瞳を閉じる。
「友凛愛、いくぞ!」
「うん、正義!」
 言うとほぼ同時に、二人は光に包まれて覚醒する。ごう、と突風と共にオーラが二人を包み込んでいた。
「友凛愛、俺が奴の気配を探る。そこに、最大の一撃をぶちこんで満腹にしてやれ!」
「うん! スプーンさんフォークさん、撃ち方構え〜!!」

 正義はゆっくりと瞳を閉じて、周囲の気配を探り始めた。


 ……落ち着け。
 思い出せ。奴の気配を。

 以前戦った時、奴はこちらも弄ぶような攻撃……不意打ちに長けていた。つまり、いまこの状況を見ながら、いつちょっかいをかけようとしているかを考えているはずだ。
 だから、奴は絶対正面には立たない。

 俺の後ろで、機会を狙っているはずだ……。


「——!! 友凛愛、俺の後方、7時の方向!」
「刻んで、混ぜて、ぶっ倒しちゃえ!! アシェ・アッシュ・オーバーラン!!」
 友凛愛が振り向きざまに腕を振り上げると、巨大化したスプーンとフォークは一直線に正義の後方に飛ぶ。
「……ト……?」
 後方わずか5メートルほどの空中に、スプーンとフォークが突き刺さった。
 透明だったシナトノカミの姿が徐々に見えるようになり、その無防備な姿を顕にし始める。
「白威!」
「分かってんぜ」
 正義が叫びながら飛ぶのに、白威も合わせた。
 抜かれた刀が切り裂くのと、拳が叩き込まれるのは、同時。
 肉を切るずぱっ、という音と、肉を叩くずどっ、という音が鳴り響く。
 シナトノカミはゆっくりと前に倒れかけ、両膝を地面についたかと思うと、紫の煙へと変わっていった。


「さて――」
 正義が言ってゲートに向き直る。ルーナの能力は限界が近いらしく、一旦閉じかけていたゲートは、ゆっくりとその口を広げ始めていた。
「ごめんね、もう疲れちゃったの」
 手を伸ばしていたルーナは弱々しく微笑みながら、額の汗を拭いながら言う。
 ぐっ、と中から8本の手が突き出してきた。その手は力強くゲートの縁を掴み、力任せにこじ開け始める。
「ルーナくんありがとう。充分ですよ」
 ジーニーはその肩にぽん、と手を乗せながら、視線を上げた。それにルーナが頷く。
 マガツノヤシマはゲートをこじあけ、こちらの世界に現れた。ゲートから飛び降りて、激しい地響きと共に地面に着地する。
 個体の全長は個体差があるが、このマガツノヤシマは全長6メートル以上あり、その圧倒的な威圧感に全員が気圧されていた。
「それでは……僕も覚醒させて頂きましょう」
 かっと眩しい光が彼の全身を包むと、青い水のようなオーラをまとったジーニーが姿を表す。愛用の三角定規と直線定規が彼の身長ほどに巨大化していた。
「ふふっ……」
 ジーニーは不敵な微笑みを浮かべ、左手で前髪をばっとかき上げる。右手で眼鏡の智(よろい)辺りを掴むと、さっと外した。
「いま、”私”は最高の気分だ……Ich bin froh!!」
 言って彼はガーディガンのボタンを外し、シャツのボタンを上から数個外してゆく。その変貌ぶりを冷静に見ながら、ルーカスが呟いた。
「いつも思うけど、ジーニーって絶対二重人格だよなあ」
 それに全員が素直に頷いた。
「まあ、いいじゃないか。私のキズナスキルでマガツノヤシマの動きを阻害する――さあ、本能たる願望を解き放て。『寵児への憧れ』ッ!!」
 ジーニーが両手を広げながら言うと同時に、マガツノヤシマの動きが妙にぎくしゃくし始める。歩こうとして足を踏み出しながらも、ぎぎぎ、と油の切れた工業機械のように動きが鈍っていた。
「私の計算式で踊れ……! 私のスキルは行動を全て計算し尽くし、可動域を制限させて動きを阻害するっ!」
「今のうちに!」
 正義が言いながら詰め寄り、その横には白威、後ろには友凛愛が続く。
「いっけー! スプーンさんフォークさん!!」
 友凛愛が仕掛けた。巨大化したスプーンとフォークがマガツノヤシマに向けて一直線に飛びかかる。
 マガツノヤシマは8本の腕のうち大きな4本の腕を体の前で組むようにして、それを弾き返す。
「まだまだ……極意居合術、其の参——無一之剣!」
 正義は腰を軽く落として溜めながら反時計回りに回り込み、サイドを取る。それから突き、切り下ろしをアキレス腱辺りに叩き込んだ。
 マガツノヤシマはそれに少し震えてから、押しのけるような蹴りを放つ。それは正確に正義を狙って、振り払われた。
「速い!? あんな小さな動きで――」
「しゃあねえな」
 正義が跳ね飛ばされると思って身構えた瞬間――襟口を捕まれた。白威が、咄嗟に正義を強引に引き寄せたのだ。
 先程まで正義がいた場所を、マガツノヤシマの巨大な足が振り抜かれた。
「気を抜くんじゃねぇ」
「あ、ありがとう」
 呆けながら礼を言う正義に、白威が素っ気なく返す。
「――めんどくせぇ、一気に片付ける。ルーカス、ルーナ」
「OK!」
「受け取って!」
 二人からの大量のキズナが、白威に吸い込まれてゆく。彼がまとう熱風がその力を増して、どんどん熱が放出されていくのが分かる。
「あいつの攻撃をひきつけろ」
 振り向きもせず言う白威に、正義と友凛愛は頷いた。
「分かった」
「うん!」
 正義が走り出すと同時に、友凛愛が両腕を大きく天に広げる。その上に、巨大化したスプーンとフォークが浮かぶ。
「刻んで、混ぜて、ぶっ倒しちゃえ!! アシェ・アッシュ・オーバーラン!!」
 正義を追い越し、白威の頭上をすり抜け、スプーンとフォークがマガツノヤシマに飛ぶ。それは的確に胴体を狙うが、マガツノヤシマはそれに動じない。
 ひときわ大きな腕を突き出すと、4本の腕でスプーンとフォークを鷲掴む。
「止めた!?」
 掴んだ両手からはわずかに、じゅうぅ、と焦げるような音がして、紫の煙があがり始める。
「……ガ……」
 マガツノヤシマは掴んだそれを頭上に大きく振りかざすと、そのまま友凛愛に投げ返した。
「なんだって!?」
 ダイキチに乗ったルーカスが、友凛愛に向かって跳んだ。呆然と立ち尽くす友凛愛の腰をすくい上げ、3メートルほど先に着地する。その直後、先程まで友凛愛が立っていた場所をスプーンとフォークが通り抜けていた。
「なにあれ……! こんな強いの初めて見たよ!!」
「落ち着け、友凛愛。俺たちは必ず勝てる」
 言ってルーカスはマガツノヤシマに視線を向け、促す。正義と白威が、スプーンとフォークを投げて隙のできたマガツノヤシマに飛びかかっていた。
「無一之剣!」
「喰らいやがれ!」
 正義と白威の攻撃が叩き込まれる。マガツノヤシマはそれを、虫を払うかのように腕を振り回し、応戦した。
「くっ!」
 伸びた触手が正義の体をかすめる。上着に鋭い破れを残し、わずかに血が滲んだ。
(かすっただけでこれか……こんなのまともに食らったら……!)
 ひやり、と冷たいものがこめかみを伝う感触を覚える。

「私のキズナスキルを受けながら、まだ動けるとはな!」
 ジーニーがぼやくように言う。確かに全身の動きが鈍っているはずなのに、これほど圧倒的な力を見せつけられているという事実。
「やるしかねぇだろ!」
 白威が飛び込んだ。左のジャブから右のフック。マガツノヤシマは反応して、8本の触手を叩きつける。白威は手の稿でそれを弾き上げ、空いた胴体にストレートを叩き込む。
「……シ……」
 マガツノヤシマがわずかに呻いて、少しだけ上体を反らした。
「効いてる! 俺たちは負けるわけにはいかない!」
 正義も踏み込んだ。足元に滑り込み、体をひねって刀を握る。抜きながらの一閃を脛に斬りつけ、返す刃で脹脛を斬る。紫の煙を少し吹き出しながら、わずかに足元がぐらつく。
「そう……だね! 私も負けない!」
 友凛愛がダイキチから飛び降りながら、右手を大きく振り下ろした。それを合図にスプーンとフォークが飛び出す。わずかにぐらついた巨体の肩をえぐりながら通り抜け、旋回しながらがら空きの背中を襲う。

「いいぞ! 全員のキズナがどんどん増幅している!」
 ジーニーが興奮して言う。彼とルーカスとルーナが生み出したキズナが、前衛の3人をどんどん強化しているのだ。
 時間が経てば経つほど、マガツノヤシマは不利になっていく。全身のあちこちから紫の煙を吐き出し始めており、消滅まであまり時間がないことが分かった。
 腕や足、触手を振り回すが、飛び回るグロウリーたちの姿を捉えられない。明らかに、戦況が変わり始めていた。
「いけるぞ……無一之剣!」
 正義の刀を膝に受け、マガツノヤシマは明らかにぐらついた。大きくバランスを崩し、横に倒れそうに揺れる。
「そろそろ終わりにしようぜ」
 白威のラッシュが続く。一撃一撃を打ち込むたびに、その拳がより重くなっているかのように。叩き込むたびに回転力が上がっているかのように。彼の攻撃はすでに、周りから見ていても追いかけることができないほどの連撃となっていた。
「お前はよくやった。拳を交えたら、理解るんだよ」
 白威は静かに、そしてどこか哀しそうに、呟いた。それは戦いの中でこそ人生を感じてきた、彼の素直な呟きだった。
「だから、これで終わらせる。――いくぞ」
 ぐらり、と体勢を大きく崩したマガツノヤシマ。
 白威は大きく揺れた方向に回り込み、ぐっ、と屈み込んで力を溜める。
 それから全身のバネを使って大きく飛び上がる。その力を受け取って、右腕が大きく振り上げられる。
「――KOだ」
 全ての力が込められた拳がマガツノヤシマの顔面を捉えた瞬間、彼を中心にキズナの光がぱっ、と拡散した。まるで命を燃やしたかのように。戦った相手を称賛するように。
 どうん、と、まるで自動車が衝突したかのような重い音が響いた。
 拳を中心に激しい衝撃波が巻き起こり、その頭部をまるで爆発したかのように吹き飛ばす。
 吹き飛んだ破片が煙となり、首から下へと煙に変えてゆく。

「やったぁ!!」
 友凛愛がぴょん、と飛び上がりながら歓声をあげた。
 いま確かに、マガツノヤシマを消滅させたのだ。皆ガッツポーズをとったり、それぞれに勝利の感動を形にする。
「……ん?」
 からん、と小さな音が聞こえた。見ると、マガツノヤシマが先程までいた場所に、小さな結晶が落ちていた。
 全長10ミリほどの、エレスチャル水晶。アハナチを消滅させた時に拾ったものと同じだが、その時よりもかなり大きいものだった。
「穢のカケラですね。ジョーカー級のカケラとは、非常に大きな成果です」
 ジーニーが眼鏡をかけつつシャツのボタンを直しながら――覚醒がとけて、通常の状態に戻ったのだ――友凛愛の手元を覗き込む。
「それも、かなり大きい。これは研究が捗りそうです」
「うん。良かった! 早く支部に戻って研究班に渡そうよ!」
「ええ」
 ジーニーは優しく微笑む。それに友凛愛も微笑み返した。


「旧穢神たちは少しずつ力をつけているのかもしれません。情報がもっと必要ですね」
 支部に戻ってすぐ、研究班に穢のカケラを渡してから、ジーニーが呟くように言った。
「まあ確かに……次に勝てる保障なんてないしな」
「そうだよね〜。私たちも強くならないと」
 その言葉に、正義と友凛愛が頷きながら答える。

 支部に戻ってすぐ、ルーカス・ルーナ・白威は別の任務があるとのことで別れていた。
 そういうわけで、いまは正義と友凛愛、それにジーニーの三人で支部の中を歩いていたのだった。

「おや……出動の要請ですね」
 ジーニーが携帯端末のバイブレーションに気づいたらしく、胸ポケットから端末を取り出しながら続ける。
「戻ってきたばかりなのに、忙しいなあ」
 友凛愛も端末を取り出し、ため息をつきながら画面を叩く。
「……とはいえ、良い状況じゃない。水族館の中にゲートが開かれ、内部で暴れているらしい」
 正義は深刻な顔で呟く。画面を見ながら、冷や汗が額を伝い、冷たい感覚がぴりりとした刺激を与える。
「! ヤバイじゃん! けが人が出ちゃう!」
「……ところが、たまたま居合わせた一般人が旧穢神を引きつけてくれており、避難は進められているらしい」
「なんだって……旧穢神は物理的な攻撃では消滅させられない。それを知った上で、一般人が……引き付けてくれているだけとはいえ、なんという勇気ある行動」
 ジーニーが驚きと賞嘆の声をあげた。
 彼の言う通り、旧穢神にダメージを与えるには、グロウリー適正を持った者が訓練を受けて増幅器を持つことで初めて可能になるからだ。
「とはいえ、時間の問題でしょう。ゲートが開いたとなれば、物量戦となる。早く助けに行きましょう」
「うん! すぐ行こう。ね、正義!」
 ジーニーと友凛愛が言うのに、正義は端末の画面を見たまま微動だにしなかった。
 その顔からは血の気が引き、周囲の様子などまったく耳に入っていない。
 文字通り、立ち尽くし、ただ立っていた。

「……正義?」
 友凛愛が不思議そうに声をかける。だが、正義は明らかに自分にかけられたはずの声に、反応しない。
「正義?」
「……居合わせたのは、一人の剣豪らしい」
「? うん」
 呟く正義が何を言いたいのかが分からず、友凛愛はぽかんとしたままで曖昧に答える。

「剣豪の名は、禰宜田……弥九郎」

「!」
 そこまで聞いて、友凛愛は目を見開いて口を大きく開け、びくん、と跳ねるように少し飛び退いて、ひどく驚いた様子を全身で表現した。
「そ、それって……」
 それでもなんとか言葉を紡ごうとする友凛愛をよそに、正義は口を重そうに開いて、何度かぱくついていた。
 まるで、足りない酸素を補充したいかのように。

 それ以上言葉にすることで、現実は何も変わらない。
 むしろ、回避できない事実を確定させてしまうだけだ。

 でも、言葉にしてしまうしか、できなかった。



「……父さん?」

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